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「……えっと、それは、髭モジャ殿と鍾馗《しょうき》の夜具で……」
初めて見た、友の感情の起伏と、涙。常春《つねはる》は、どうすれば良いか、わからなくなっていて、ただ、ばか正直に、匂いの元を答える事しか出来なかった。
「どうりで、臭いはずだよ!ああ、邪魔だ!それに、とにかく臭い!」
「……あ、どけるよ、臭すぎるから……」
元に戻った晴康《はるやす》の様子に常春は、正直、まだ、着いていけない。さっきの、乱れ具合は、なんだったのだろう。そして──。
「ああ、全部、邪魔!!いや、ここでは、私だけが、邪魔なんだ!」
「……晴康?」
「常春、お前は、何で、落ち着いていられるの?」
「え?」
真顔の晴康が、常春を見つめている。瞬間、常春は、自分が晴康を床に組倒しているままだったと、気が付き、慌てて飛び退いた。
「逃げるかもしれないよ?」
どこか、挑発的に晴康は言う。
「あ、あ、その、掛布が、それがある限り、無理だ……きっと」
常春が、言うように、掛布は、上手い具合に、晴康の体を包み込むみ、まつわりついていた。邪魔だと、晴康が、動いた為に、余計体に絡み付き、動きが取れない状態になっていたのだ。
晴康は、起き上がることもできず、床で、髭モジャ達の匂いと、戦っている。
「笑ってないで、なんとかしてくれ」
「あ、ああ、わかった」
拗ねたような声を出す晴康に、常春は、可笑しさから、肩を揺らした。
しかし……。
(逃げるかもしれないよ?)
晴康の発した言葉が、邪魔をする。
「晴康……、お前……」
「逃げないよ。もう。すべてから……ね」
すべて、から──。晴康は、何を言いたいのだろう。常春の心の内は、未だ、揺らいでいる。
「……常春、お前にも、見て欲しい。友、だからね」
何か、決心したような、晴康に、そして、友と、呼んでくれた事に、常春は、旬座に迷いを消すと、
「臭っ!!なんなんだよ!これ!」
晴康を包み込む、掛布を剥ぎ取った。
「はあー、たすかった。一生あのままかと思った」
「いや、晴康、一生は、ないと思うけど……橘様、よく、我慢できるなぁ」
と、つぶやき、常春は、剥ぎ取った掛布を放り投げる。
「だって、家族だからね……嫌な事も、我慢できるさ」
と、晴康は、言って、胸元から、書き付けを取り出すと、常春に差し出した。
受けとった物は、「羽林家家事帳」と、表紙にしたためられた、前の家令《しつじ》が、屋敷の出来事と、その度々にかかった、住人達の支度事の経費を書き留めた帳簿だった。
主人家族の出納帖と、言ってよい物を、なぜ、晴康が、持ちだそうとしていたのか。
もしや。
守近にかかっている疑惑、何か口外できない荷を動かしているのでは?という事と、繋がっているのだろうか。
帳簿を受けとった、常春の指先には、少しばかり汗が滲んだ。