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それは、徳子《なりこ》の輿入れ準備から、始まっていた。恐らく、探せば、もっと前の、記録もあるだろうが、晴康は、ここ、からが、記載されているものを選んでいる。
つまり、守近が身を固めた時から、事は、始まっていたということなのだろうか。
常春は、入念に目を通して行く。
そして、頁は、次々変わり、ついに、長良《ながら》と、紗奈《さな》、つまり、自分と妹の名前が出て来た。
ああ、と、常春は、懐かしさに、酔いしれる。そこには、紗奈にかかる月々の食品やら、衣料品やら、もちろん、常春にかかった、手習い代金に始まり、節目行事、紗奈においては、幼児から子どもへになった成長を祝う、着袴《ちゃっこ》の儀にかかった細かな費用、長良の元服の費用と──、確かに、事ある毎に、盛大な宴も開かれたのだが、数字、に置き換えると、かなりの額がかかっていた。
少しどころかの額に、申し訳ないと思わず頭を下げそうになりつつ、さらに、頁をめくって行くと、徳子の懐妊、そして、初めての出産に行き当たった。つまり、ここで、守満《もりみつ》が、産まれたことになる。もちろん、ここでも、関係した者達への心付けに始まり、すべてにおいて、桁外れの額が、記されていた。
さすが、嫡男だけはあると、思いつつ、出産から続く、もろもろの祝いの儀式の費用などへ、目を通す。
季節毎の通例行事、突発的な、宴と、記載は続いた。そして、そろそろ守恵子《もりえこ》の懐妊、と、なるはずであるが、常春が、頁をめくると、小さな文字が、添え書きされている事に気が付いた。
何か、補足的な物かと思いつつ、良く良く見ると、北の方ご出産後、預けし某童子費用──、と、書かれてあった。
守満の後の出産は、守恵子のはず。
常春は、頁をめくり、守恵子の、出産についての記載を探した。
すると、最後の頁に、それは、あった。そして、次巻へ続くと、添え書きされている。
常春は、再度、守満が産まれた辺りの頁へ、戻り、そして、再び目を通す。
やはり、添え書きは、ここからだ。
守満が産まれた、数年後から、時候の行事と、共に、小さな文字で、預けし某童子、と、預け先へ送られているのか、金額のみが書かれてあった。
常春は、頁をめくり、最後の頁まで、確かめた。時候毎、いや、定期的に、某童子への送金が、記されている。
──預けし某童子とは。
北の方ご出産後、預けし、某童子とは、いったい……。
「晴康、続きは!この、巻の続きは!!」
「……ここにあるよ。ねえ、常春、お前が見たいのは、守恵子様の成長記録なの?」
どきりと、した。
晴康は、完全に、常春を試している。
自分が見たいのは、守恵子様の事なのか、否、守恵子様、を利用して、預けし某童子の事を、続きを見たいのではないのか。
預けし某童子。お方様は、お子をもう一人、お産みになった、事になっている。
北の方ご出産後、預けし、某童子。それは、いったい。
常春は、ただただ、固まりきった。そんな、友の姿に、らしいね、と、晴康は言うと、
「私は、産まれて泣かなかったのだよ。すぐさま、別の部屋へ、移された。色々処置を施して、何とか、産声を挙げさせようと、皆、必死になった。ところが、私は、ニコリと、笑ってたんだ。ただ、泣かなかっただけだったのさ。もう、裏方は、大騒ぎでね。結局、安産祈願に寄せていた高僧が、不吉な子、と、占って、私は、表向きは、死産ということになった。北の方様も、産声を挙げなかったんだ、そう、思ったようでね……」
と、一人語り始める。
「ち、ちょっと、ちょっと、まった、晴康、なんの話しを……しているんだ!!!」
「鈍いね。私、の、話しだろ?」
常春は、ガンと、頭を殴られたような、気配に陥り、つい、体が揺らぐ。
「あー、常春、そっちへ、転ぶと、髭モジャ達の臭いつき、掛布に崩れこむよ」
何、言ってんだ、お前は!と、晴康のからかいに、反撃する余裕など、今の、常春にはない。
知ってしまった事は、晴康が、預けし、某童子であり、お方様のお子で、守満様と守恵子様とも、血の繋がりがある、ということ──。