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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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中村と音合わせもできたと、お咲と月子は二代目に連れられ神田の家へ戻っていた。


あまり根を詰めるのもお咲が飽きる。そして、喉を痛めてもいけないとの配慮もあった。


帰り際、岩崎が練習初日だから早めに切り上げると、さりげなく月子へ告げてくれたのが、なんとなく嬉しく思えた。


岩崎の帰りを月子は密かに心待ちにしながら、お咲へ古新聞で作った折紙で、折鶴や紙ふうせんを折ってやりながら時が過ぎるのを待っている。


というのも……。


「月子ちゃん!飯が炊けた!風呂も沸いてるぜっ!」


二代目が、またもや完璧な良妻賢母ぶりを発揮し、月子とお咲は居間に座っているしかなかったのだ。


「あ、でも、お風呂は最後で……」 

先に風呂を済ませてしまえと言う二代目に、月子は返事を濁した。


旦那様、である岩崎より先に風呂を使うことはためらわれる。というよりも、物事の順序が違っている。男より先に女が風呂を使うというのは、いかがなものだろう。


それからすると、二代目が先に、なのだが……。


返答に困っていると、お咲が、えいっと、月子が作った紙飛行機を投げた。


それが上手い具合に廊下から玄関へ向かって飛んで行く。


そこへ、ガラガラと玄関の戸が開いて、痛てっと、声がした。


岩崎が、鼻先を気にしながら立っている。


足元には、紙飛行機が落ちていた。


「あっ」


「あっ、じゃないだろ、お咲!」


岩崎のやや、不機嫌な様子を見て、居間から飛び出してきた月子は頭を下げ平謝りする。


「い、いや、そこまで、何も謝ることでもない。と、とにかく、今、戻った」


「なに、カッコつてんだか。普通に、ただいまでいいだろっ?!せっかく、月子ちゃんが出迎えてくれてるだぜ?」


岩崎の背後からひょっこり、中村が顔を出す。


「なんだよー!客連れてくるなら言っといてくれないとぉー!段取り狂うだろぉ!」


二代目の苛立ち声が響き渡る。


「おい、岩崎。二代目、なんか世話焼きすぎじゃーないのか?」


「ああ、よくわからんが、以前から、突然押し掛けてきてこうなのだ」


「なんなら、二代目を女中で置いたら、番犬がわりにもなるだろ?」


中村がふざけて言った。


一方、岩崎はすぐさま反応し、


「いかん!いかん!二代目はいかん!いかんぞっ!!!」


鬼の形相というやつで、大声を張り上げる。


「うっせぇーなぁー!玄関先で大声だすなっ!さっさとあがんなよつ!まっ、何もないけど、中村のにいさんも、飯食って行きな!」


いい争いのようなじゃれ合いのようなおかしなやりとりが繰り広げられ、男達がドタドタと廊下を歩み居間へ上がり込む。


「あっ、わ、私が、お支度しますから!」


月子は慌てて、台所へ向かった。中村を連れてきたと言うことは、何かしら、演奏会について話もあるのだろうが、食事をさせてやろうという岩崎の気配りのはず。


二代目のぼやき通り、人が増えると確かに料理が足りなくなる。継ぎ足し、補足的に月子が作れば、話は収まるのではなかろうか。


と、思いつつ、これから後は自分が行うと月子は二代目へ言った。


男通しの話やら、飲み食いというやつもあるはずだ。


ところが……。どうしたことか、再び玄関の戸が開いて、今度は女の声がした。


それは、岩崎家に、ぴりぴりとした空気を走らせるものだった。


瞬間、たたたっと、何を思ったのか、お咲が玄関へ駆け出す。


「だれもいないよ!お咲だけ!」


お咲は、勇ましく現れた人物、玲子へ向かって言った。


「誰もいないですって?じゃあ、この靴は何かしら?岩崎先生!お話がございます!」


玲子が叫ぶ。


その声は台所にいる月子にも当然聞こえた。


自分が出ていけば、またどうなるか分からない。それに、居間には、岩崎、中村、二代目もいる。


下手に動かない方がよかろうと思いつつ、ぎゅっと体を強ばらせる。


「だから、いないよ!」


お咲は、誰もいないと言い張っている。


「いかんな……」


腰を上げようとする岩崎を二代目が止めた。


「京さん、暫くお咲に任せてみないかい?ありゃー、かなり、手慣れてる。きっと……押し掛けて来た借金取りを追い返すために、お咲は、親に使われていたんだろう。だから、もうしばらく、様子を見ようぜ。それからでも、出ていくのは遅くないって」


「二代目、お前なぁ……」


何を言っているのだと憤る岩崎を、中村も同じように止めた。


「時には、居留守も役にたつもんだぜ?っていっても、居るのは、ばれてるけどな。ここは、様子見が良いだろう……」


相手は玲子。正面切って対応したら、何を騒ぎ出すかわからない。


二代目と中村の神妙さに岩崎も、納得したのか、暫くの間だけと、条件付きで意見を受け入れた。


そうこうしているうち、玲子の激高する声だけが響き、しかし、お咲は、知らないで通している。


その態度に玲子もじれたようで、


「これを渡しておいてっ!演奏会反対の署名よっ!あんたなんか子どもに邪魔させるもんですか!」


署名とやらをお咲に投げつけ、玲子は帰って行った。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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