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(禁忌の魔法……だよね、多分、これ)
ジンジンと伝わってくる嫌な気配。混沌と似ているけれど、あの、精神作用のものっていう感じじゃなくて、圧倒的恐怖から来るものだと思った。混沌は、もっと精神的苦痛が脳とかに直接来るものだったから。だからこそ、これは魔法の範囲内、でもそれを逸脱した何かだと、私は思った。
もっと早く指示を出していれば、防げただろうか。それとも、そうしたとしても防げなかった?
時を操る魔法でも、死者蘇生でもない。でも、禁忌の魔法。なら、残るは、悪魔を召喚する魔法だ。きっと、それ。
「ら、ラヴィ……」
「生きて帰れるかなあ、俺達」
「そ、そんなにヤバい?」
「ラアル・ギフトが雑魚中の雑魚だとすると、混沌とか、女神の次には強いね」
「そ、そんなのかて……」
勝てない、何て言ったら、その通りになってしまいそうな気がして、私は、あえて言わなかった。でも、ラヴァインが、真剣な顔で、冷や汗かいているところ見ると、まずい状況だってことは分かった。
「ちょ、ちょっと、待ってグランツは?」
崩れ落ちた神殿を見渡す限り、グランツの姿はなかった。もしかして、奈落におちてしまったのではないかと、思ったが、ラヴァインは、別に大丈夫でしょう、なんて軽い言葉を私にかけてきたので、思わず、頬をひっぱたいてしまった。
「いってえな!」
「ぐ、グランツが……グランツは死なないわよ」
「わ、分かったって、エトワール。探そう?」
「悪魔がいるかも知れない所で、探せるわけないでしょうが!」
「理不尽すぎるって……もう、矛盾してるなあ」
自分でいっていても、分からなくなってきた。グランツを探しに行きたい。でも、悪魔が召喚されてしまっただろうから、そんなところをうろつきたくないっていう気持ちもあった。今は、ラヴァインと一緒にいるのが得策で……
でも、グランツが気にならないわけでもなくて。
身体が二つあったら、その問題は解消されるんだろうなあ、何て思いながら、彼の無事を心配することしか出来なかった。
(フラグ回収が早すぎるのよね……)
この間、禁忌の魔法について話されたばかりだっていうのに、もうそれに手を染めている人が、目の前で現われてしまったのだから。何も言えないけど、ラアル・ギフトが、ラアル・ギフトじゃなくなったって言うことだけは分かった。
悪魔の召喚はその身に、悪魔を下ろすってことだから。それを分かっていて、やったのか、分からずやったのかは知らないけど。
「ラヴィってさ、禁忌の魔法についてどれだけ知ってるの?」
「え?馬鹿にしてるの?」
「してないし、てか、突っかからないでよ。うーん、だから、これって、禁忌の魔法なんだよね。悪魔の……だから、これの危険性って、皆どの程度知っているのかなあって……一般教養的に」
私がそう聞けば、ラヴィは、瓦礫を蹴飛ばしながら、少し難しそうに答えた。
「普通は知らないよ。どうやったら、魔法が発動するかっていうのは、ぼやかしてはあるけど、分かるっていう人の方が多いかな。でも、悪魔を召喚してどうなるかっていうのは、あまり知らないかも」
「……え」
「えって、何さ。悪魔は、復讐の代行者。けど、実際は、身体を乗っ取るっていうの、普通は知らないんじゃないかなあ」
「いや、でも、ラヴィは知ってるわけでしょ」
「まあ、俺だから」
いや、答えになってないのよ、と思いながら、私は、グランツが結構詳しく知っていたことに引っかかりを覚えた。まあ、彼のことだから、何処かでその情報を掴んだんだろうけど、あまり知られていない情報だったというのが驚きだ。
悪魔を召喚すれば、その身は滅びるというのに、ラアル・ギフトは、エトワール・ヴィアラッテアへの忠誠心からか、その身を捧げたということなのか。どんな悪魔が、召喚されたかも分からないのに。
「悪魔の召喚って、かなりの人の魂がいるんだっけ……それって、もしかして、あのサソリ……に?」
「そうだろうね。大方、考え方はあってるよ。あのサソリを作るのに、かなりの人を犠牲にしてる。何十じゃないだろうね」
「……うっ」
思わず嘔吐いてしまう。倒して良かったのだろうか、とも思えてきてしまって、何だか複雑だった。そこに、魂が保管されているわけでもあるまいし、かといって、サソリを倒さなければ、私達のみも危なかったわけだし。解放できたという意味では良かったのかも知れないけど。
私が顔を曇らせたのを見てか、ラヴァインは、私の頭をポンと撫でた。まるで、落ち着かせるように、そして、自分にも言い聞かせるように続ける。
「エトワールは正しい事をしたよ。まあ、儀式のために、既に犠牲になっている人はいただろうけどね。でも、あの大サソリを倒したのは、悪いことじゃないよ。間違ってない」
「うん、ありが、とう……」
そういわれて何となく、心が和らいだ気がした。でも、少しもやっとした部分は残るわけで、何よりも、ラヴィンに言われたということ自体が、あまりよろしくないというか、ラヴァインも同じような実験をしていた一味だよねっていうのは思ってしまって。
彼の過去はなくならないわけだし、説得力に何処か欠けるという点にお置いては、何というか、っていう感じ。
(でも、慰めてくれているんだし、そういうこと思っちゃダメだよね)
「ありがとう、ラヴィ」
「……っ、俺じゃあ、慰めにならないかもだけど」
「そ、そんなことないって。気にしてくれる人がいるだけで、嬉しいというか」
ああ、バレちゃったかも。と、私の心を見透かして、そう言った、ラヴァインに何となく申し訳なさが出てきてつい謝って染み合った。謝る理由も、彼が落ち込む理由も二つともないと思っていたのに。
(やっぱダメだな……)
私は、このままじゃいけないって何度も何度も、自分で自分をせめて、それから、構築しなおして。そうして、前を向いていこうって決めているのに。
「まあ、どれだけ犠牲を払ったかは分からないし、払ってしまった分が戻ってくるわけじゃないから」
なくなった人のこと、当事者じゃないし、顔も何も分からないけど、だからといって、無碍にするわけでも何でもないけど。それでも、今は、犠牲の数が凄い、ということだけにとどめておいて、悪魔への対策を練らないといけない。
このまま、私達が勝てるっていう保証何処にもないわけで。
「悪魔って魔法攻撃効くの?」
「さあ、どうだろう。さすがに、悪魔と対峙したことはないから、分からないけどさあ。効かなかったらどうしようもないよね」
「う……本当に、嫌な言い方するのね」
「いやなって。だって、本当だよ。やってみないと分からない」
「じゃあ、悪魔は魔法攻撃してくるの?」
「わーあー、もう、質問ばっかり。俺だって分かんないよ。この状況!」
と、ラヴァインは、もう面倒くさいなあ、といわんばかりに声を上げて、私の腰をグッと抱き寄せた。
何でいきなり? と思っていれば、彼の満月の瞳と目がぶつかった。
あまりに鮮明で、美しく輝く満月の瞳に見惚れていれば、ラヴァインは、少しだけ呆れたように口を開いた。
「何があっても、エトワールのことは守るから。それでいい?」
「それでいいって、な、何いきなり」
「俺なりの誠意。これくらいいわなきゃ、エトワールも安心できないでしょ」
「い、いや、そうじゃなくって」
何でそんないきなり、告白みたいな? いや、実際には告白じゃないし、真剣に言ってくれただけ、っていうのは分かるんだけど、それでも、告白みたいな勢いで、驚いてしまった。
ラヴァインの言葉に呆気にとられていれば、瓦礫を跳び越えながら、ストンと、私達の前に、あの亜麻色の髪を持つ騎士が舞い降りた。
「ご無事でしたか、エトワール様」
「ぐ、グランツ!」
よかった、生きてた、って思わず口に出そうになってしまった。危ない。いや、生きていてくれないと嫌だし、生きていてくれるのが一番なんだけど、合流できるかどうかも怪しくて、だからこそ、こうして、ここに帰ってきてくれたことは嬉しく思うんだけど。
かなり、服がボロボロになっており、所々血が出ている。ラアル・ギフトと戦ったときに出来たものでないことはすぐにでも分かった。先ほどの衝撃派で、きっとダメージを負ったんだろうなっていうのは、容易に予想がついて、防御魔法すら出来ないグランツは、自分の身を守る術なんてなかったんだろうと。
まあ、いきなりのことだったから、私も守ってあげられることなんて出来なかったけど。
(ただ、被害が尋常じゃないッてことだけは分かる)
それだけは、三人の共通認識で、奈落へと落ちたラアル・ギフト……悪魔が憑依したであろう身体は何処に行ったのか、私達は、恐る恐る奈落の底を見た。深くて、とてもじゃないが、そこが見えない。こんな所に落ちたら一発ゲームオーバーだと思った。
私が少し身体を乗り出していれば、シュルリと足下に何かが通り過ぎる。
「え……ええっ!」
「エトワールッ!」
「エトワール様!」
リボンのようなものが足にまとわりつき、一気にクイッと下へと引きずりおろされる。奈落の底。私は何かに捕まろうとしたが、捕まるものなんてなく、伸した光のリボンも途中で切れてしまった。一体何が起っているのか分からずに、私の視界はだんだんと闇に飲まれていった。