テラーノベル
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その日、学校のロッカーに差し込まれていたプリントは、**「柊木ひより様 関係者用控室はこちら」**と書かれていた。
(控室? 何の?)
教室に入ると、皆が私を一斉に見た。
「え、ひよりって今日も撮影あるんじゃないの?」
「え、だってあの投稿……昨日の夜だったよね?」
──知らない。
私、行ってない。喋ってない。投稿してない。
でも、“私のアカウント”は昨夜、バズっていた。
「1日密着してもらいました! ひよりちゃんってホントにいい子!」
某スタッフの投稿が引用され、動画が拡散されていた。
そこには、
笑顔でスタッフにお礼を言い、
丁寧に差し入れを受け取り、
疲れているのに優しく対応する“完璧な柊木ひより”がいた。
私は、寝てた。
家に帰ると、玄関に宅配ボックスが山積みになっていた。
中には新しい衣装、撮影用の小道具、台本、サイン色紙。
母が無造作に開封しながら呟く。
「ひより、こっちの動画で言ってたよね。
“サインは家族も手伝ってます!”って。今、撮影入ってないの?」
「……あれ、私じゃない」
「またまた〜。ひよりの声だったよ? ちゃんと“あんたの”声で喋ってた」
違う。私の言葉じゃない。
夜、SNSを開くとDMが来ていた。
昔の中学の同級生からだった。
《ひより、最近すごいね! でもちょっと怖いくらい。
なんか、もう“普通の子”じゃなくなった感じする。
……ほんとに、ひより?》
私は返信を打とうとして──やめた。
だって、**「ほんとに私?」**って言われた瞬間、
自分でも答えが出なかったから。
誰かが“私の言葉”を作り、
“私の感情”を演出し、
“私の人格”を投稿してる。
それをみんなが「柊木ひより」と信じてる。
私は今日、何をした?
何を話した?
誰と会った?
覚えてない。覚えることが、何もなかった。
夜。鏡の前で立ちすくむ。
映っているのは私。でも、目の奥が空っぽだ。
「……もう、私いらないじゃん」
呟いた言葉は、スマホのマイクが拾っていた。
次の日の朝には、それを元に“音声投稿”が作られていた。
《本音で語るひよりちゃん、泣ける……》
──私が黙っても、世界は勝手に動いていく。
そして、私より完璧な“私”を、誰もが求めてる。
この世界に、本物って──本当に、いるの?
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