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連れて来られた店は今までのフランクな店員とは違って、少しかしこまった感じの店員だった。
「今回はSコースでよろしいですか?」
S? 小さいって意味だろうか? そこはこだわってはいないけど。でも店員は「石川様のご友人ということですので特別に当店ナンバーワンをご用意させていただきました」って恭しく言うもんだから、思わず頷いてしまった。石川はこういうところまで顔がきくんだなって驚いた。
店員は店の奥の部屋に案内してくれた。そこにはVIPルームって書かれていた。部屋に通された。なんだか暗くて物がたくさんある部屋だ。俺はソファに座って待っていた。
ヒールの音がした。部屋の奥から人影が現れた。
「あら。今夜は可愛い豚さんなのね」
そう言ったのは黒い皮の衣装に身を包んだエラい美人の女性だった。ブルネットのウェーブの長い艶やかな髪を揺らしてこちらに歩いてくる。色っぽい眼差しはリタ・ヘイワースに似てる。リタ・ヘイワースは最近アマプラで観た映画に出てきたから知ってただけだ。
俺のところまでやって来ると手に持っていた何かの柄で俺の顎をクイと持ち上げた。
「はじめまして。木崎です」
「豚は人の言葉なんて喋らないでしょう? 豚なら豚らしくなさい」
なんだ? 豚になる設定なのか? よく分からないけど豚の真似をすればいいのか? どうでもいいがこっちが挨拶してるのに挨拶を返さないってのはよくないな。
「どうしたの子豚ちゃん」顎の柄を高く持ち上げて顔を近づけてきてわざわざそう言った。
「oink oink」
「うん?」
「oink oink oink oink」
「なにそれ!」女性は大きな声を上げた。
「なにって豚の鳴声じゃないですか」俺は不満気に言った。
「子豚ちゃんって言ったのはそっちでしょ? だから子豚の真似をしてみたんですけど」俺は有名なあの子豚の映画が大好きだ。何回観ても泣ける。
彼女は顎を持ち上げてる柄を下げた。
「──四つん這いになって豚になれる?」何故か不安気にそう言った。
俺は頷くと四つん這いになった。膝をつくのはどうなんだろうか? べイヴはそんな歩き方してたか?
「ごめん、なに考えてるの?」
「べイヴは膝ついたりしてなかったなって」
女性は頭を抱えた。そして「一旦ソファに座りましょうか」と言った。
彼女は俺と向かい合わせになるように置かれた1人掛けの高級そうなソファに足を組んで座った。長い脚は魅惑的だった。
「──石川さんの友人って聞いてたから」
「うん。まあ、それは間違ってないけど」
「最高のプレイをよろしくねってわざわざ呼ばれたんだけど」
豚の真似が? 俺は首を傾げた。
「まさかと思うけどM男じゃない?」
「いや。まあ、そのM男ってヤツなのかどうかも分からないんだ。だから自分がしっくりくるのを知りたくて、尋ねてまわったらここに来た」
「うん?」
俺はこれまでの経緯をザッと話した。なんだか経験豊富そうだし、この人なら何か答えを知ってるんじゃないだろうか。彼女は俺の話を黙って聞いていた。
「──相手が痛いのは嫌か。じゃあ痛いのが気持ちいいっていっても?」
「頭では分かってても痛いことはしたくないし、たぶん出来ない」
「あなた、ヤクザじゃないの?」
「ヤクザ、なんじゃないかな。でも喧嘩っていうか人を殴ったことはない」
彼女は溜め息をついた。
「痛いことされるのは?」
「さあ。されたことないから」
「殴られたことくらいあるでしょ?」
「まあ。別になにも」
そう答えると彼女はジッと俺を見つめた。
「──さっき〈青春〉って言ったわよね? それって“胸キュン“したいってことじゃないの?」
胸キュン? なんだ、それは。
「相手に会っただけで胸がキュンってするの」胸がキュン……心臓に悪そうな感じだな。
「好みのタイプは?」
また同じことを聞かれた。それは重要なことなんだろうか。
「うーん、前も聞かれたんだけどそれってよく分からないんだよな」
「好きな子とかいたでしょ? 初恋は?」
そんなものはいたためしがない。というかそもそもそんな時間はなかった。
「初恋……もしかしたら幼稚園の時? 綺麗な形の泥団子をくれたからいい子だなって」
「それでなんでSMクラブに来たのよ!?」