「ゲーム、まだやってるの?」
職場の休憩室で、先輩が笑いながら言った。
「いい年して、飽きないねえ」
直哉はスマホを伏せて、
「まあ、現実の方がバグ多いんで」
とだけ返した。
先輩は笑って出ていった。
残った缶コーヒーの音だけが、
カチンと静かに響いた。
家に帰ると、
イヤホンの中で友人の声がする。
「おつかれー、今日も潜る?」
「潜る潜る」
画面の向こうの仲間たちとログイン。
仮想のフィールドに立つと、
空がやたらきれいだ。
「今日、リアル曇ってたからさ」
「そういう日は晴れマップ行こうぜ」
彼らは顔も知らない。
けれど、名前を呼び合うたびに、
何かが救われる気がする。
深夜。
モニターの明かりだけが部屋を照らす。
「いい年して遊んで」
ふとつぶやく。
誰かの声みたいに聞こえた。
子どものころ、
「宿題より遊びを優先して怒られた日のこと」
高校で「部活の練習を真面目にやれ」と言われた日のこと。
全部、思い出す。
——遊びって、命の余白みたいなもんじゃないのかな。
現実がギチギチしてくるほど、
あそび(余裕)が要る。
ゲームも、音楽も、友だちとのチャットも。
生きるための“隙間”だ。
「おい、ボス来てるぞ!」
仲間の声。
直哉はマウスを握り直す。
画面の向こうで、誰かが笑っている。
世界が一瞬だけ、軽くなった。
戦闘が終わると、ログの欄にメッセージが流れた。
“いい年して遊んで、ありがとう”
誰が打ったのかわからない。
でも、心のどこかにそっと残った。
画面を閉じて、
真っ暗な窓に自分の顔が映る。
笑っていることに気づいて、
直哉は少し照れた。
「いい年して、遊んでる」
それで、いいじゃないか。
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