テラーノベル
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「先生、もったいないですね」
園児の祖母が言った。
「そんなにしっかりしてるのに、いい年して結婚しないなんて」
茜は笑って、
「ありがとうございます」と返した。
それ以上、話を広げると面倒になることを、もう知っていた。
放課後。
子どもたちが帰った園庭は静かだった。
風がブランコを揺らして、その音がやけに柔らかい。
職員室では、同僚の美奈がスマホを見ながら言った。
「私の同級生、また結婚したんだって。しかも三回目!」
「おお、記録更新」
「ね? でもすごいよね、あの行動力」
「行動力、って言葉にできるの、いいね」
美奈が首をかしげる。
「どういう意味?」
「なんか……結婚も離婚も、挑戦扱いされるのに、
“しない”だけは停滞みたいに言われるでしょ?」
美奈は一瞬黙って、それから笑った。
「確かに。それ、名言っぽい!」
夜。
帰り道のスーパー。
「半額シール貼りたて!」という声に、
茜は足を止めた。
隣の主婦二人組が笑いながら惣菜をカゴに入れている。
その笑い声を聞きながら、
ふと「家に帰って誰かが待ってる」って、
どんな感じだったっけ、と思った。
でも次の瞬間、
“誰かを待たせる”側の自分も想像して、
少し疲れた。
——待つのも、待たせるのも、
どっちも得意じゃないんだよな。
家に帰って、
パジャマに着替えて、
テレビをつけずに部屋の灯りを落とす。
カップスープの湯気が立ちのぼる。
一人分の静けさが、悪くない。
スマホのメッセージに母からの文。
「茜、元気? いい年して、いつまで一人でいるの」
その文字を見て、茜はカップを置いた。
少し間をおいて返信を打つ。
「いい年だから、いられるんだと思う」
送信ボタンを押したあと、心がふっと軽くなった。
窓の外で風が鳴る。その音が、どこかやさしく感じた。
ひとりの夜の静けさも、ちゃんと生きてる音だ。
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