「なるほどな。紗奈《さな》の鼻が、まるで利かぬとは、ここの姫様騒動に次ぐ、奇っ怪な話じゃのぉ」
「あー!守孝様!そうかもしれません!!」
常春《つねはる》は、ひとつ、謎が解けたとばかりに、喜びの声をあげつつも、さて、と、一息置いて、守孝を睨み付けた。
「はじめから、この、男が、渡世人と、知っていらした。それも、香を扱っていると……。なぜ、私たちを巻き込むようなことを、なされたのですか?!」
常春の怒りは相当なものだった。
無理もない。散々、危険な目にあって、逃れて来たと思えば、また、なのだから。
なにより、紗奈を、再び巻き込んしまった事が、常春は、己を含め許せなかった。
「まあ、常春よ、そう言うな。私も心苦しいのだ。お前たちなら、我らのこの苦しさをなんとか、できるだろうと、そう思ってな。どうも、色々知りすぎているようであるから……」
と、守孝は、含み言う。
「なんですか、それは。結局、正気を無くした者達と、手を切れば良いだけのこと。守孝様、いえ、守近様と、お二人のお力があれば、内大臣様を、ご納得させることなど、容易いのではないですか?」
「まあーなぁー、理屈は、そうだ。実に、常春らしい答えよ。しかし、理由はどうあれ、関わってしまった以上、いや、もう、引くに引けない事になっているのだ」
なあ、通晴《みちはる》よ、と、何故か、守孝は、控える、小悪党へ声をかけた。
「ええ、ええ、その通り。手を切る、だの、引く、だの、今さら行われても、こちらも商売上がったり。うちのお頭が、なんと言うことか。この屋敷、いや、禁中を落とす、絶好の機会を、みすみす逃す事など、もったいないですからねぇ。世に真相がバレぬ様に、こちらも手を尽くしたんですよ。方違えなどと称し、あらかじめ、公達のふりをして、控えていた。本当に、方違えで、やってくる、男達を、煙にまくためにねぇ。そんな、ことまでやってんですよ?で、その苦労が、水の泡、なんて、ことになるなら、常春様、あなたでも、やっきになるでしょうが?」
言うなり、通晴は、さっと、紗奈の腕を掴んで、引き寄せる。
「すみませんねぇ、こっちには、こっちの、事情ってもんがありまして。あんたがたは、邪魔だと、はっきりした。ひとまず、この、よくしゃべる、口を、始末しましょうかねぇ」
そして、背後から、紗奈の首へ腕を回した。
「あ、兄……さ……ま……」
「紗奈!!」
通晴の腕が、紗奈の首を圧迫していた。すでに、紗奈は、息も絶え絶え、常春へ、助けを求める声さえ出せないでいる。
回されている、腕からは、相当な圧が、かかっているようだった。
顔色ひとつ変えず、その腕に、ぐいぐいと、力を込めて、紗奈の喉元を押し潰そうとしている。
新《あらた》など、足元にも及ばない手際のよさは、本物の悪党で、そして、人を殺める事など、朝飯前の人間なのか。
「守孝様っ!!!」
止められるのは、少なくとも、共に、関わっている、守孝しかいない。常春は、紗奈を助けるように守孝へ求める叫びを上げたが、しかし、守孝は、袖を翻し、顔を覆うと、そのようなことは、早よう済ませてくれと、ごちた。
と──。
「女童子よ!!頭突きじゃーー!!足元じゃーーー!!奴の足を踏み潰せっ!!!」
ダミ声が、空から響いて来る。
「な、なんだ??」
通晴が、一瞬ひるんだ。
「えい!」
ひるんだことで、瞬間、自由になった、紗奈は、言われた通り、頭を後ろ、通晴の顔めがけ、力任せにぶつけた。
うげっ、と、通晴が呻く。
「よし!女童子!暴れろ!噛みつけ!踏みつけろっ!!!」
再びの天の声に、紗奈は、したがった。
しっちゃかめっちゃか、というのが、相応しいほど、腕に噛みつき、頭突き、足で、相手を蹴り、踏みつけと、できる限り、暴れた。
が、やはり、相手は、男で、更に、人を人とも思わぬ悪党。
うっ、わあっ、と声を上げるが、そこまでで、紗奈は、通晴から、解放されない。
「紗奈!すまぬ、こらえろ!」
常春が、ここまでかと、割りきり、通晴へ、体当たりし紗奈ごと押し倒そうと駆け出した、その時、
「タマーー!!行け!!行くのじゃ!!」
落雷に等しい声に、ニャーーー!!!と、何かわからない、獣の鳴き声が続いた。
「うわーーー!!ニャー、じゃないよー!!ここで鳴いたら、タマ、落っこちてしまうでしょーーー!!!」
ギャーーー!!という叫びと共に、夜空から、丸いもの降ってきた。