わーーー!!と、どこか聞き慣れた叫びと共に降って来る、それは、通晴《みちはる》の頭の上へ、落ちた。
当たったとたん、ゴン!と、大きな音がして、通晴は、うーん、と唸ると、ばたりと、倒れる。
仰向けに、広縁で倒れる通晴の顔には、タマが、ひどいよー!と、愚痴りながら、へばりついていた。
それでも、動かぬ所を見ると、通晴は、気を失っているようだ。
しかし、紗奈《さな》のことは、離さぬままで、紗奈までも通晴もろとも、転がっていた。
相手が動かぬとみた紗奈は、しっかり回されている通晴の腕をほどき、やっと自由の身になった。
「紗奈!!」
常春《つねはる》が、駆け寄ってきた。
「大丈夫かっ!」
「は、はい、兄様……」
弱々しく返事をする、妹に、大丈夫なわけがない、と、常春は、感じとる。そして、つくづく、自分は役に立たないと、目頭が熱くなった。
「おお!!女童子よー!!無事かっ!!ワシは、今度ばかりは、心配したぞっ!!」
空から、広縁へ、降り立った巨大化している一の姫猫の背中から、飛び降りた髭モジャは、有無を言わさす、紗奈を抱き締めた。
「ちょっ、わっ、臭っっ!!!」
紗奈は、たちまち、いつもの紗奈に、戻り、髭モジャ!!!臭すぎるっ!!!と、髭モジャを押し退けた。
「確かに、何の匂いですか?髭モジャ殿、失礼ですが、かなり、匂います」
常春も、顔をしかめた。
「あー、それが、今日は、色々周り、挙げ句、牛の若に乗って、ついでに、放たれていたほかの牛も捕まえたり、そして、タマが連れて来た、獣に、股がって……。うん、様々な、ケモノの、匂いが、混じってしまったのじゃろう」
と、言う側から、ニャー!と、不機嫌な猫の鳴き声がした。
髭モジャの足元で、いつの間にか、猫の姿に戻った一の姫猫が、フーと、毛を逆撫でている。
「うーん、髭モジャが、ケモノ扱いしたからだ、きっと」
紗奈が言う。
そして。
「そうですっ!!髭モジャ様が、余計なことをおっしゃったから!!もう、ご機嫌取りがたいへんなんだからー」
と、タマが、渋い表情をして、髭モジャへ、抗議した。
それに、と、タマは、何かを言おうとすべく、一度、息を整える。
「ひどいよー!なんで、タマだけが、空から落とされるのぉーー!で、また、頭ぶつけて、痛いんだからーーー!!」
「あー、はいはい、でも、タマのお陰で、物凄く助かったし、悪党退治もできたんだから……」
紗奈のご機嫌取りに、タマが、反応した。
「上野様?!悪党退治もできた??」
うん、ほら、と、タマが、乗っかっている通晴を、紗奈が指差した。
「悪党退治?!ダメですっ!!こんなことで、退治にはいりますかっ!」
言うと、タマは、被さっている通晴の顔の上で、モゾモゾした。
「……タマ、もしかして……」
「ふふふ、上野様。タマが、本当の、退治というものをお見せいたしましょうぞ」
またまた、つぶらな瞳を細めたタマは、意地悪く口角を上げた。
そして……。
ブッと、例の音がする。
「く、臭っ!!!」
皆、一斉に叫んだ。
つんと、つんと、くるわっ!!と、守孝は、袖で目頭を押さえている。
それを見て、髭モジャは、膝をつくと、守孝へ、頭を下げる。
「中将様。道々、つたなくはありますが、大方の事情は、タマより、聞いております。どうぞ、これよりは、お静かにして頂けませぬか?」
髭モジャの、進言に、守孝は、眉をしかめた。一介の下男が、意見することかとばかりに……。
険悪な空気が流れるが、髭モジャは、お構いなしだった。
「これより、こちらの御屋敷に潜む悪党を、捕らえます。どうぞ、今までのことは無かったことに、そして、これからも……」
守孝は、いっそう、不快感をあらわにすると、髭モジャへ、嫌みな口調で、いい放つ。
「じゃが、お前は、髭モジャであろう?いつまで、検非違使ぶっておるのじゃ」
そして、ホホホと、見下すかのように高笑う。
「ええ、ええ、確かに、ワシは、一介の髭モジャじゃ。あんたらとは、違うわっ。けどのぉ、本物の検非違使が、来たらどうなる?まあ、あんたは、身分があるから、見逃してもらえるが、ゆえに、大人しくしとけと言う話じゃ、そんなに、おなごみたいに、笑うことか?」
髭モジャも、頭に来たのか、さらっと、守孝へ言い返した。
「髭モジャ殿!」
常春が、これ以上こじれてはと、間に入るが……。
「常春殿よ、まあ、みておれ、ホホホも、沫を食うことになる」
髭モジャには、なにか、勝算があるようで、これまた、あくどい笑みを浮かべた。
「……タマと、似たり寄ったりじゃない……」
紗奈の呟きに、
「いや、タマは、せいぜい、ひどいよー!と、食ってかかる程度だろ?髭モジャ殿は、かなり、踏み込んでおられたぞ?」
と、常春が、返している。
気に食わないのは、守孝で、
「な、何を、ごじゃごじゃと!こざかしい!!」
言うなり、懐に差し込んでいた、扇を取りだすと、紗奈目掛けて、振り下ろす。
が、すんでのところで、守孝が、ぎゃーー!と、悲鳴を上げた。
同時に、ニャー!と、一の姫猫が鳴いた。
「守孝様!私は、何も、あなたへは言ってないでしょ!それなのに、なんですかっ!!」
とばっちり以上の目にあいかけ、紗奈は、守孝を叱咤した。
「いい加減に、なさいませ!!」
いつまでも、怒鳴る妹を、常春が、なだめた。
「まあ、まあ、紗奈、姫猫様のお陰で、大事はなかったのだ。許せとは、言わないが、ほおっておきなさい」
見れば、守孝は、姫猫に、頬をひっかかれ、さらに、その傷口を姫猫が、ペロペロ舐めていた。
守孝は、ひいひいと、泣きそうな声を上げて、猫を何とかしろと、姫猫を、振り払おうとしている。
そのたびに、ぎゃー、と、守孝は、叫ぶ。
守孝の首もとへ、姫猫が爪を立てているのだ。むろん、頬をペロペロ舐めながら……。
「あ、猫ちゃん!!私の為に?!」
紗奈は、繰り広げられている光景に、笑いを噛み締めながら、一の姫猫に、礼を言った。
それを受け、姫猫は、意地悪く目を細めると、ニヤリと口角を上げた。
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