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「さて、かぐやはここからサテライト、そしてダブルタイガーへ繋ぐのに、首から上を狙った大技構成で来るだろうな」
「ええ。対する最大の武器であるスピードを殺された男の娘は、足の感覚が戻るまでその技を受け切って、凌ぐしかない……」
「あの足じゃあ、踏ん張りも利かないだろうし、得意の切り返しや返し技も出来ないか……」
「栗原がサテライトDDT。そしてダブルタイガで王手を掛ける方が先か? 男の娘の感覚が戻る方が先か……?」
「あの状態を見るに、佐野の方に分の悪い賭けだな。ただ――」
再び、逆接の接続詞を口にして、一旦言葉を区切る佳華。
「ただ? ――ただ、なんですか?」
「ん? いや、なんでもない」
逆接の後に続く言葉が想像出来ない詩織。オウム返しに尋ねる詩織へ、含み笑いを浮かべながら、煙に巻く様に話を打ち切る佳華。
そして、その含み笑いの浮かぶ口の中だけで――隣にいる詩織にも聞こえない様な小さな声で、ポツリと呟いた。
――その王手が、詰みになるとは限らんけどな。
※※ ※※ ※※
「ホント……油断も隙もないわね、アンタは……」
反対側のコーナーで首を振りながら、恨みがましい目を向けて来るかぐや。
ちっ……やっぱ、左の蹴りじゃダメか……
オレは額に流れる汗を拭いながら、虚勢を張るようにかぐやを睨み返す。
そんな視線を受け、かぐやは自分の両頬をパンパンと叩いて気合を入れると、こちらに向かって走りだした。
「でもね! まだペースはこっちのままよっ!!」
即座に側転、バク転と繋ぎ、そこから大きくジャンプすると、オレに向かって後ろ向きに飛んで来る――いや、降って来るかぐや。
『先に動いたのは栗原っ! リング上を華麗に舞い、打点の高い背面エルボー(*01)が佐野の顔面にジャストミートッ!! 正にその姿は蝶のように舞い蜂の様に刺す、リング上の女王蜂だっ!!』
コーナーポストを背にして逃げられないオレに、かぐやの全体重を乗せた背面式エルボーが顔面へと突き刺さる。
「かっ、あ……」
コーナーポストとかぐやの背中にプレスされて、肺から強制的に排出される酸素。そこへ、更に頬を肘で打ち抜かれた事により、脳が揺れて一瞬目の前が真っ暗になった。
『佐野っ! たまらず腰から崩れ落ちる。しかし、栗原っ! 攻撃の手を緩めません! コーナーを背に腰を落とす佐野の綺麗な顔を容赦なくグリグリと踏み付ける! 正にこれがプロの洗礼。今日がデビュー戦の佐野、その可愛らしい顔を苦痛に歪ませるっ!』
歓声の中から微かに聞こえて来る実況の声を聞いて、更に顔を歪ませるオレと――
「ハハハッ。綺麗で可愛らしい顔だってさっ、優月ちゃん♪」
などと言って、オレの顔面を踏み付けながら、煽る様に挑発的な笑みを浮かべるかぐや。
全然、嬉しくねぇ……
てゆうか、さっきの背面エルボーって……
「てゆうか、さっきの背面エルボーって――」
オレの頭に浮かんだ言葉を、一言一句|違《たが》わず口にするかぐや。
ホント、ニュータイプ――いや、強化人間じゃないのか、コイツは?
そんな疑惑を宿しながら、挑発的に見下ろすかぐやへと目を向けた。
「確かアンタが大学三年の時に学祭で使った技よね? どう? 自分の考案した技を食らう気分は?」
やっぱ、あん時にオレが使った技か……
「見よう見まねでやってみたけど、タイミングも体重の乗せ方もバッチリだったでしょ?」
挑発する様に話すかぐやへ、オレは目一杯虚勢を張り、口元へ笑みを浮かべた。
「体重の乗せ方うんぬんの前に、オマエ重すぎ。胸もないくせに、何でそんな重いんだよ。自称52キロ」
「カッチィーン……」
かぐやから挑発的な笑みが消え、代わりに殺気が爆発的に膨れ上がった。更には、いつの間にかリングサイドに集まっていたセコンド娘達からは――
「お、お兄ちゃん……」
「お兄様……いくら何でも、デリカシーがなさ過ぎますわ……」
「それを言ったら、殺されたって文句はいえねぇぜ、アニキ……」
と、ジト目を向けられる。
あれ? かぐやの挑発に対する軽い意趣返しのつもりだったのに、状況はいつの間にやら四面楚歌。いや、新人達の言葉に真顔で頷いているレフリーも含めて五面楚歌……
てゆうか、ロープダウンしてる相手に攻撃するのは反則なんですから、そろそろ反則カウントを取ってくださいよ、智子さんっ!
「フ……フフ……フフフフフ……」
と、いつまでも反則カウントを取られないかぐやは、|自《みずか》ら踏みつけていた足をどかすと、不気味な笑い声を発しながらオレの頭を鷲掴みにして強引に立ち上がらせる。
「半殺しで勘弁してあげようと思ってたけどヤメたわ。アンタは全殺し……」
超至近距離まで顔を寄せ、物騒な事を言いながら不敵な笑みを浮かべるかぐや。
そしてクルッと振り返り、オレの頭を掴んだまま走りだした。
「そんで、今日がアンタの命日よっ!!」
リングのほぼ中央まで来ると、かぐやは更に物騒な事を叫びながら前方へ大きくジャンプ。そのまま尻もちを着く様にしてオレの顔面をリングへと叩きつけた。
『栗原っ! 体重の乗ったフェイスクラッシャー(*02)! 佐野の可愛らしい顔を激しくリングへと叩きつけるぅーーっ!!』
『栗原は自分の軽い体重の使い方をよく分かってますね。高さと重力を使って、上手く技に体重を乗せてきます』
いや、だから軽くないってぇの、おっさん。そして明菜さん、その『可愛らしい』はヤメて下さい……
うつ伏せに顔面を抑えて呼吸を整えながら、放送席の二人に対し心の中で抗議するオレ。そんなオレの頭上へ影を落としながら、かぐやは口角を上げて仁王立ちで立ちはだかった
「さあ、ここからは、体重のお・も・い! わたしの大技構成よっ! その足で返せるモノなら返してみなさいっ!!」
「くっ……」
相変わらず、的確に人の思考を読みやがって……
しかしかぐやの言う通り、この足で返し技はキツイ。痛みは我慢出来ても、感覚がマヒして思うように足が動いてくれないのではどうしょうない。
どうする……?
考えの纏まらないウチに、四つん這いになっているオレの頭を両足で挟み込むかぐや。そしてオレの背中から腰へと腕を回し、腹の前で両手をガッチリとクラッチする。
「うおりゃぁー!」
かぐやはそこから強引に上体を起こし、背中を大きく仰け反らせる反動を使ってオレの身体を一気に担ぎ上げる。そして、逆肩車状態になったオレを勢いよくマットへと振り下ろしていく。
パワーボム(*03)? なら、|高角度後方回転エビ固め《ウラカン・ラナ》で返せるか――? いや、無理だ。この右足じゃあ、かぐやの頭を挟み込めな――ぐっ!!
『栗原のパワーボムッ! 佐野の後頭部を豪快にマットへ叩きつけるぅっ! そしてそのままフォールの体勢! ワンッ! ツーッ! おぉぉおーっ!? 佐野っ! 返した! お客様、歓声と共に足踏み足踏みっ! 幸楽園ストンピング攻撃だ! 会場が揺れているぞーーっ!!』
(*01)背面エルボー
|肘打ち《エルボー・バット》の数あるバリエーションの一つ。後ろにいる相手に使う肘打ち。
更に、コーナーにいる相手へ、走り込んでジャンプしながら反転したり、側転から後ろ向きに着地したりして、背中から身体ごとぶつかって行くバージョンと多数のバリエーションがある。
(*02)フェイスクラッシャー
相手の背後から飛びつきながら、頭や首筋を掴んで勢い良く顔面をマットに叩きつける技。
(*03)パワーボム
相手の頭を太腿で挟み込み、胴体に両腕を回して抱えるようクラッチ。
そこから背中を大きく反らせた反動で相手の体を肩の高さまで持ち上げ、そのまま相手の背中を叩きつけて押さえ込む技。