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塩水を忘れたことは、忘れ物をした程度の気楽さだった。だって取りに行けばいい話だし。
だけど明澄は違うみたいで。
氷点下に放りこまれたように青ざめ、目じりには小さな雫(しずく)ができている。
「死んじゃうの……? やだ、怖い……!」
頭を抱えてうずくまってしまった。
あたしは優しくポンポンと背中をたたく。
「大丈夫だよ明澄。塩水くらい取りに行けばいいだけだから」
「途中でぬいぐるみに会ったらどうするの!?」
「あたしが倒すよ」
「倒せるわけないじゃん! 相手は都市伝説なのにっ!!」
かなり動揺している。今はなにを言っても明澄を動かせそうになかった。
どうしよう。あたしには怖がりの気持ちがわからない。だからどうすれば恐怖がやわらぐのかを知らない。
それでも落ち着かせようと、あたしはガタガタ震えている明澄の手を握った。
「……じゃあさ、あたし塩水取ってくるから明澄は押し入れに隠れてなよ」
「…………」
明澄はうるんだ瞳をあたしに向ける。
しばらくの無言。葛藤(かっとう)しているように見える。
そして、
「1人はもっと嫌だよ……一緒に行こう……」
明澄は涙をぬぐって弱々しく呟いた。
あたしはなにも言わずうなずき、明澄と手を繋いで歩きだした。
暗い廊下を1歩1歩踏みしめていく。
恐怖と戦っているのか、隣を歩く明澄の呼吸が荒いように思う。
大丈夫。例えうさっちが襲ってきたとしてもこの体格差なら押さえこめるよ。
繋いでいる手をギュッと握りしめると、応(こた)えるように握り返してきた。
階段までやってきた。
なにもいないか上から目視できる範囲で確認する。階下(かいか)は周りと変わらず薄暗い闇が広がっていた。
「ほら、なにもいないじゃん。きっと何事もなく終われるよ」
「そうかな……」
明澄は不安げに視線を階下に落とす。
「……あ……っ!」
そう声をもらしたかと思うと、明澄は大きく目を見開きガタガタと震え始めた。
「え、ど、どうしたの!?」
「……あ、い……」
「え?」
声が小さくて聞こえない。
あたしは明澄に耳を近づけた。
すると、絶望に彩られた声で、震えた声で、
「い、いるよ……なにかいるよ……!」