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小さい頃から心の中で神様に祈ることはあった。
そして真横から私を見ているこの奇妙な彼に対しても同様に祈っている。
看護師に憧れてこの仕事についたが、日々慌ただしく時間が過ぎていく。
自分のことは棚にあげて、入院している人達のことに向き合う。
別に仕事は嫌いではない。
トイレに行けない日、食事もちゃんと摂れない日、休憩の仮眠がとれない日、挙げればキリがないくらい嫌な面もある。
それでも退院する時の元気な姿やふとした時の「ありがとう。」その一言に救われる日もあるから、また頑張ろうと思える。
アラームが鳴り響く、早朝5時。
まだまだ外は暗闇で、部屋の中は寒い。
それでも、早出とあらば起きないといけない。
(始まれば終わるから、それに今は早く帰れるから。)
早出のメリットはそれだ。早く帰れることだ。
今はたまたま受け持ち患者さん達の評価が終わっており、委員会の仕事も部署の係の仕事も持ち越していない、稀にみる神的なタイミングなのだ。
(神様、ありがとう。)
そう心で呟いて身支度を始める。
(仕事が終わったらなにしようかな?久しぶりに買い物でも行こうかな。それともマッサージにするか。)
仕事終わりにしたいことをイメージしながら過ごすこの時間は幸せだ。
なんでも出来そうな気がして、ポンポンとやりたいことが思い浮かぶ。
実際は実行できる予定はないし、いつも通りスーパーに寄って帰宅するのはわかっている。
それに予定を決めてしまうと”何故か定時で帰れなくなる”のはどの業種にとってもあるあるな事なのだろう。
軽くため息をついて、昼ご飯用のおかずをお弁当箱に詰める。
最寄駅まで歩いていく。
この瞬間が私は好きだ。
(高給取りかぁ•••。)
何故か看護師は高給取りというイメージが根強く感じる。
実際には自分の健康と寿命を引き換えにしている感は否めない。
(手当てないと全然なのにな。あーあ、お金持ちに産まれたかった。お姫様になりたーい。)
どうしようもない事に嘆き、現実逃避をする。
20歳も過ぎてなにを考えているんだろうと思ってしまう。
それでも考えてしまうのは、年老いていく親からの援助の話や収入が桁違いな友人、家庭を持った友人を目の当たりにしたからだろう。
「看護師だから、お給料いいんでしょう?」
「看護師なんて、元から給料いいじゃない。私はたまたま運がよかったから。」
「看護師さんってかっこいいじゃない。私はいい人に巡り会えたし、彼の収入だったら専業も出来るからって。」
(嫌なこと思い出しちゃった。あー、もう、切り替え切り替え。)
思い出した嫌な記憶と言葉を遮るように自分に言い聞かせた。
嫌なことを感じて考えてしまっても、今日も変わらない時間が流れる。
どうせ変わらない日常ならば楽しいことを考えようと日々思うが、気付いたら嫌なこと逃げたいことばかりに目がいってしまう。
目の前の信号が赤に変わり立ち止まる。
ふと視界の端に人影が映る。
反対側の、それも対向車線側の信号を待つ彼の姿は異質だった。
(なにか、1人でしゃべってる?え、なにあれ?)
黒のロングコートと黒のエンジニアブーツはなにかの主人公を模しているのか。
(春はまだ先なのに、もう変な人が湧いてるなんて、世も末だ。)
何故かボーッと彼を見つめていると、不意に目が合ってしまった。
(やばっ)
急いで視線をそらし、ポケットからスマートフォンを取り出す。
メッセージアプリを開き、さも今返事が来たかのように取り繕う。
そしていつものように心で神様に祈るのだ。
(神様、どうかあの人が話しかけてきませんように。)
そんな思いとは裏腹に、さっきまで向こうにいたはずの彼が真横から私を見ている。
「!?」
驚き過ぎて声が出ない。
「俺の声が聞こえたのか?まさか、君は•••俺の片割れ?」
なにを言われているのかさっぱりわからないが、信号が青になった。
「急いでるので!」
「ちょっと!」
走って最寄駅に行き、急いで電車に飛び乗る。
息もきれるが、心臓が激しく鼓動する。
(不審者に会ったから、アドレナリンがたくさん出てる。)
黒い前髪から覗く目は綺麗で、引き寄せられそうなくらいだった。
(あれが残念なイケメンってやつか。イケメンでも許されないことあったわ。)
電車の揺れが心地よく、ウトウトしながらそんな事を考えていた。