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21話 見えなくても、進める
午後の歩道。
薄灰のコートを羽織った男性が、
目の見えない人の専用の杖の代わりに細いスマートリングを指にはめ、
顔には淡い緑寄りのMINAMOをかけて立っていた。
目線は定まらず、
だが立ち止まり方は不安定ではない。
耳には、
髪に隠れるようにUMI AirWayが自然に掛かっている。
視界の代わりに、
頬骨に伝わる微かな振動と、
骨伝導で届く静かな案内。
『三歩先、段差があります』
AirWayの音声は控えめで、
周囲には聞こえない。
足元に近づくと、
スマートリングが小さく震えた。
――トン。
危険ではない、という合図。
男性は一歩、二歩、
確かめるように前へ進む。
少し離れた場所で、
薄灰パーカーに緑Tシャツの 三森りく(24) が
その様子を見て立ち止まっていた。
水色寄りのMINAMOが、
彼の顔に自然に馴染んでいる。
隣には、
淡緑トップスに灰スカートの 杉野いまり(20)。
「……すごいね」
思わず漏れた声は小さい。
「目で見てないのに、迷ってない」
ミナ坊が静かに字幕を出す。
『現在の案内は
カメラAI・距離測定・地面傾斜解析を併用しています
AirWayの音声と振動で
“歩行の確信度”を補助しています』
少し先のベンチには、
別の利用者が座っていた。
淡いモカ色の上着に、
少し古い眼鏡をかけた女性。
レンズは度が合っていないのか、
視線はわずかに揺れている。
彼女は一度、
眼鏡を外してためらうように瞬きをし、
それからMINAMOを静かにかけ直した。
その瞬間、
肩の力がふっと抜け、口元がわずかに緩んだ。
文字の縁、
ベンチの木目、
人の輪郭が“戻ってきた”のが
表情だけでわかる。
MINAMOの端に、小さな表示。
『推定補正視力:0.82
生活視界として安定しています』
彼女は誰に向けるでもなく、
ゆっくりと息を吐き、
前を見たまま小さくうなずいた。
“全部は見えないけど、これでいい”
そんな納得が、
その仕草に滲んでいた。
いまりがぽつりと言う。
「見えない人だけじゃなくて、
見えにくい人にも、ちゃんと居場所あるんだね」
りくは頷く。
「眼鏡でダメだった人が、
ここまで戻れるのは大きいよな」
ミナ坊が補足する。
『MINAMOの視力補正は
完全な代替ではありません
しかし
“生活に必要な視界”を再構成します』
夕方の街。
信号の前で立ち止まる人々の中に、
MINAMOとAirWayを使う人が自然に混ざっている。
見える人も、
見えにくい人も、
見えない人も。
それぞれ違う方法で、
同じ街を歩いている。
りくは思った。
「見えなくても、進めるって……
すごい時代だな」
ミナ坊が静かに返す。
『りく
MINAMOは
“見るための道具”ではありません
“進むための補助”です』
視界だけではない。
感覚すべてを使って、
世界とつながる時代。
それが、
MINAMO社会のもうひとつの現実だった。