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◆22話 タブレットと映画
夕方の下宿。
薄灰のパーカーに緑Tシャツの 三森りく(24) は、
ローテーブルの前に座り、
膝の上に薄型のタブレットを置いていた。
顔にはMINAMO“ミナ坊”をかけているが、
視界の端はいつもより静かだ。
通知も字幕も出ていない。
画面には、少し古いアニメ映画。
光は柔らかく、
色の境界もどこか丸い。
りくは息をついた。
「……やっぱ、こういうのはこっちだな」
MINAMOの16K視界なら、
もっと鮮明に、もっと正確に見える。
でも、それを選ばない理由があった。
ドアが開き、
淡緑トップスに灰スカートの 杉野いまり(20) が入ってくる。
首元にはMINAMO、
耳にはUMI AirWay。
彼女はりくの膝の上を見て、少し驚いた。
「あ、タブレットなんだ」
「うん。これ、MINAMOで見ると疲れる」
いまりは頷き、
カーペットに座り込む。
「わかる。
物語って、構えて見たいときあるよね」
タブレットの音声は、
部屋のスピーカーから小さく流れている。
AirWayは使っていない。
音は多少漏れるが、
それがかえって“家の中”らしい。
MINAMOが小さく字幕を出す。
『現在、映像補完は停止中です
視界負荷は最小化されています』
りくは軽く笑った。
「ちゃんと空気読むんだな」
いまりは、
タブレットの端を指でなぞりながら言う。
「MINAMOってさ、
“見る”には完璧すぎるんだよね」
「うん。
現実も、人も、全部くっきりしすぎる」
タブレットの映像は、
少しぼやけて、
少し荒い。
でもそれが、
記憶の中の世界みたいで落ち着く。
その頃、街では。
カフェの窓際に
タブレットを並べて動画を見る学生たち。
大学の自習室には
“長時間視聴用タブレット”の貸し出し棚。
駅の掲示には、こんな注意書き。
《映画・ドラマは
タブレットまたは据え置き画面での視聴を推奨します》
MINAMO社会では、
動画は消えていなかった。
ただ、
視界から一段下りた場所に移動しただけだった。
画面の中で、物語がクライマックスを迎える。
いまりが小さく息をのむ。
「……やっぱ、これ好き」
りくは視線をタブレットに落としたまま言う。
「MINAMOは生活で、
タブレットは気持ちなんだよな」
MINAMOが控えめに表示する。
『用途に応じた視聴選択は
視覚疲労を軽減します
良い判断です』
「ほめられた」
いまりが笑う。
夜。
タブレットの画面が暗転し、
部屋には静かな余韻だけが残る。
りくはMINAMOを外さず、
それでも何も表示しないまま天井を見た。
視界で生きる世界と、
画面で楽しむ世界。
両方があるのが、
今の当たり前。
それが、
MINAMO社会の“動画との距離感”だった。