「キミはもう少し自分に自信持った方がいい」
「…」
「こんな理不尽なこと、誰がどう見てもひどいだろ?」
「…たしかにひどいです。どうしてこんなこと平然とできるのかな、って思います。でも、仕方ないんです。だって、わたしはまだまだ半人前以下なんですから」
「だから、そういう考えがいけないんだよ?」
「…でも…言うなら、もう少しましになってからじゃなきゃ意味がない…。まだ半人前のくせにわがまま言うのはお門違いです」
「…」
「…だから今は頑張るしかないと思ってます。おばあちゃんもよく言っていましたし。『若いときは買ってでも苦労しろ』って」
「…ふぅん」
「これでも、こうしてレッスンしてもらって、ちょっとはスキルが上がってるんですよ。普段の仕事も早くなってきてますし。
こうやってすこしずつでもスキルアップしていって、その延長上で自信を得られればいいのかな、って。そうしたら、ワンワン!ってくらいは吠えられますよね」
冗談めかして言って、ちょっと照れ笑った。
けど、課長は黙ってわたしを見ているだけだった。
う、墓穴掘った…。
慌ててパソコンに向き直って、操作を続ける。
課長は頬杖を突きながら、わたしの横顔をくすぐったいくらいじっと見つめていた。
けどふいに、ぽそりとつぶやいた。
「キミのそういうところ、俺、かなり好きだよ」
は…
突然なにを…
思わず見やると、課長はやわらかく微笑んでいた。どこか色っぽさを宿したキャラメル色の瞳を細めて。
「すっごく可愛いな、って思って」
「え…!な、なにを突然…」
「なんだか、こうしていると恋人同士になったみたいでうずうずしてくるね」
「う…うずうず?」
「うん。今すぐ抱きしめたい感じ…」
…わかった。
わかりました、あなたの腹は。
そうやってわたしの反応を見て楽しんでいるんですね?イジワル…!
「…いったい、そのセリフ何人の女の人に言ったんですか?」
「は?…俺ってそんなにチャラく見える?」
「見えます。わたし以外の女の人にもそうやって甘い言葉をかけてとろとろーにしている光景が目に浮かびます!」
「……ふぅん。そっか」
あれ。
ちょっと気悪くさせた…?
でも、本当のことでしょ。
あのポーチの持ち主も、こうやって絆しているんでしょ…。
課長はなにも返さずに、チラと時計を見た。
「もうこんな時間だね。帰った方がいい」
「…あ、はい」
「送ってくよ」
課長はいつもエントランスホールまで見送ってくれる。
時刻は9時を過ぎていた。
「バスの時間すぎただろ?気を付けてね」
そうして遅くなった夜はタクシーチケットをくれる。
そして、「家に着いたら必ずメールするように」と念を押す。
「いつもこんな遅くまで残業させて悪いね」
「いえ…」
なにを今さら。
「命令」とまで言って強要したのはあなたですよ。
「あまり遅くなったら、泊まっていくといいよ」
「え…」
「もちろん、これは命令じゃないからね」
当たり前です…。
「でもさ」
ふいに手が伸びてきて、わたしの頭をそっと撫でた。
「早く俺のこと好きになればいいのにね。そうしたら朝までずっと一緒にいられるのにね」
「……」
「好きになったら、いつでも言っていいからね」
な、なにを言ってるのよ、もう…!
「…し、失礼しますっ」
踵をかえすと、クスクスと笑う課長に振り向くことなく会社を飛び出た。
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