朝の教室。出席を取る声が響く。
「柊木ひより……」
担任の声が一瞬止まる。
(私、ここにいるよ)
でもその言葉は届かない。
先生は首をかしげて、続けた。
「……あ、ごめん。ひよりちゃんは昨日、早退だったっけ」
誰かが笑って訂正する。
「ひよりなら今、収録で来てないっすよ〜!」
笑いが起きる。
その中に、私の名前はあった。
でも、それは“あの子”を指す名前だった。
私のことを指す名前ではない。
帰り道、コンビニの雑誌コーナーに並ぶ表紙。
「SNS発・Z世代スター“柊木ひより”」
「新時代のカリスマ、光と闇の素顔」
──笑っていた。“私の顔”で。
けれど、その笑顔の下にある“履歴”は、全部“私のじゃない”。
趣味、家族、過去の失敗談。
偽りのストーリーで“私の物語”が塗り替えられていく。
(名前も、過去も、思い出も。
この子が“本物”になるように、全部捨てられていく)
夜、久しぶりに名前を呼ばれた。
「ひより……ちゃん?」
通りすがりの年配の女性が、私を見て言った。
……けれど、すぐに首を振った。
「あら、ごめんなさい。似てる子がいたの。
でもあなた……ちがうわね。目が死んでるもの」
違う、私はひより。
私は、柊木ひよりだ。
声を出そうとした。
「……ひよ、り……」
かすれて、誰にも届かない。
(もう、“ひより”って名乗れないのかもしれない)
この名前は、私のじゃなくなった。
その夜、スマホのメモ帳に書きかけた言葉があった。
「わたしが、“わたし”だった証拠って……どこにあるの?」
保存せず、画面を閉じた。