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「あ、あんなものどこから!」 神宮寺くんからは柔らかな表情は完成に消え、その目はギラギラと血走っていた。
『うわあ、節操ありませんね! ファンに手を出すなんて!』
「こ、これは合成だ!」
そう言い、西条寺さんにでも、俺達にでもなく、カメラに向かって声を荒らげていた。
『その他にもありますよ? 「めいみん」さん、ご存知ではないですか?』
「は? あ、いや」
『駆け出しのミーチューバだそうですね?』
その言葉と共にまたスマホに映し出されたのは、ミーチューバチャンネル。題名は「カップルミーチューバ、翼と付き合ってみた」だった。
それは隠し撮りしたかのように神宮寺くんの無防備な音声が録音されており、生々しいやり取り。西条寺さんの悪口。ミーチューブでの収益があるから別れられないとまで、言い放っていた。
『つまらん男、三十一点。まあこれで、あのあいりんに勝てたからいっか!』
その締め括りで、動画は終わっていた。
『この動画は音声のみだったことから信憑性がなく、また削除申請からすぐに消されたので闇に葬られたようですね。しかし暴露者は動画をダウンロードしていた。どれだけ嫌われているのですか、神宮寺くん? いや、その彼女である西条寺さんを傷付けるのが狙いだったのかもしれませんね? まあいずれにしても相手の女性はあなたを好きになったのではなく、女として西条寺さんに勝ちたかっただけ。残念でしたね』
「テメェー! 出てこい、この野郎!」
スマホを頭上より叩きつけ、それでも飽き足らず感情のまま何度となく踏みつける。その姿に女子は怯えて身をたじろぎ、小春は両耳を塞いで震えていた。
ピッ、ピッ、ピッ。
その動作を打ち消すかのように鳴る、機械音。
音と同時に、指輪が黄色信号みたいにチカチカと光り出した。
「何! 指輪が光って!」
『さあ、暴露は以上です。これより死の指輪を外してもらいましょうか?』
取り乱す二人など見えていないかのように、主催者を名乗る声は変わらず冷淡だった。
「外せるか! よりにもよって、そんな底辺に手を出すなんて! あいりんの名前に傷付けやがって!」
「お前こそ、俺を踏み台にしていた? そうだ、お前だけで、ここまでバズれるわけないもんな! お前のバカ発言を編集で消してなかったら、とっくに炎上していたんだからよ!」
ピー、ピー、ピー。
指輪は赤く点滅し、その音は教室中に響くほど大きくなっていた。
「ねえ。指輪、大丈夫?」
凛が臆することなく立ち上がり、二人に声をかけながら前方に歩いていく。
パァーン。
耳の鼓膜が破れるのではないかと思うほどの、破裂音。
その瞬間。聞いたことのない断末魔と共に、水風船が弾け飛ぶかのような勢いで血飛沫が散乱し、肉片が飛び散っていく。その血液と肉片は床へと落ちてきて、教室中はこの世のものとは思えないほどの阿鼻叫喚に包まれる。
断末魔と同様に聞いたことのない悲痛な叫び声、指輪を外そうとする者を取り押さえる怒声、跪きゼイゼイと呼吸がままならなくなった過呼吸音。
そして俺は喉が切れるぐらいに叫び、空っぽのはずの胃からは吐瀉物が溢れ、今までしていた呼吸の仕方を忘れたのかと思うぐらい酸素を上手く取り入れられなかった。
それは俺だけではなかったようで、小春も口元を抑えハァハァと呼吸を荒くしていた。
「……り、りん……」
小春の、声にならない息遣いに気付く。
そうだ、衝撃の光景が広がる前。凛が二人を気にかけ、一人前方に近付いていた。まさか、巻き込まれて……!
俯いていた顔を上げると、教室の端で倒れている凛の傍らに翔が居た。
「……え? 翔?」
体を起こした凛は、自分に覆い被さっている翔に呼びかける。
「無事か?」
そう翔は問いかけているが、二人の姿を見比べると明らかに翔の方が顔や腕が赤く火傷のような痕があった。
どうやら前方に進み始めた凛を庇う為、身を挺したようだった。
『あららら? 他人を気遣える彼女に、それを命懸けで守る彼氏。美しい愛ですねー? ……それに比べて、この強欲に塗れた二人ときたら。どうやらビジネスカップルだったようです』
「うわああああああ!」
教室中に悲鳴が飛び交う中、一人の男子生徒が教室から飛び出して行った。
「校舎外に出たらダメ!」
その男子を追いかけようとする凛は、バランスを崩して転けてしまう。翔が凛の手を強く掴んでおり、行ってはならないという意思だった。
「お、俺が行くから!」
気付けばそう声に出し、駆けて行く男子の背中を追いかけていた。
なんて速さだ。
全力で走るが、どんどんと小さくなる背中。
いや、俺が遅いんだ。……翔だったら。
己の愚鈍さを思い知りつつ階段を駆け降りると、目の前は玄関ホール。
ダメだ、間に合わない。
そう悟った俺は最後の力を出し、ヒリつく喉から声を出そうとした時。
パァン!
乾いた音が響き渡った。