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「……っ!」
怜の無骨な手が奏の繊麗な腕を掴み、小さな身体を抱き寄せた。
突然の事に、奏は意思の強そうな黒い瞳を丸くさせる事しかできない。
今にも折れそうなほどの細い身体に伝わる温もりが心地よくて、でもどこか情けなくも感じて。
瞳の奥がジワジワと痺れるような感覚がしたかと思えば、奏の瞳から熱を纏った雫が、静かに頬を伝い落ちていく。
今まで誰にも言えなかった失恋の傷を、まだ知り合ってからそんなに経ってない男の人に打ち明けてしまうとは。
(アンタは……どれだけ気を張っていても実はこんなに弱い女だったんだよ。本当は誰かに……胸の内を聞いて欲しかったんだよ……)
怜に抱きしめられながらも、斜め上から見下ろしている『もう一人の自分』が語りかけてくる。
「大丈夫だから。俺が君の全てを……全部受け止めるから」
頑なに心を守っていた鎧のようなものが音を立てて崩れていくのを感じながら、奏は顔を歪ませないように必死で堪えた。
「ずっと誰にも言えなくて、苦しかったんだろ? なら、泣きたい時は思い切り泣くといい。俺が……そばにいるから」
「っ……うぅっ……っ……うっ…………うわぁぁあぁぁっ……!!」
怜の言葉で心が解放されたのか、奏は堪える事を手放し、彼の胸に顔を埋めてしゃくり上げた。
「辛い事を思い出させてしまって……すまなかった……」
怜の節くれだった指が奏の黒髪に触れ、丁寧に撫で続ける。繊細なガラス細工に触れるように、そっと。
「俺が忘れろって言っても、君の心は深く傷付いたままだろう。でも、その傷も含めて、全部俺が受け止めるから」
言いながら奏の身体を掻き抱くと、手入れの行き届いた艶髪にゆっくりと唇を寄せる。
落ち着いた低い声音に、身体の芯が蕩けそうになるのを耐えるように、細い指先が怜の腕を弱々しく掴んだ。
ダークネイビーのスーツの上着に少しずつ広がっていく、涙の痕跡。
空にはこれから更に昇ろうとする満月が浮かび、仄かな月光が二人を穏やかに照らしていた。
***
「俺は、今の話を聞いたからって、君に対する見方が変わる事はないし、君に対する気持ちも変わらない」
怜の言葉に、奏はおずおずと見上げた。
引き締まった彼の表情。
真剣な色を映し出している眼差しから、奏の黒い瞳は逸らす事ができない。
奏を抱きしめながら、節くれだった怜の指先が、大きな瞳から零れ続ける涙を優しく拭った。
「奏」
再度、呼び捨てにされ、彼女の心がキュっとして甘い痛みが広がっていく。
「もう一度言う。俺は……奏の事が好きだ。俺の彼女に……なってくれないか? いや、俺の彼女に……なって欲しい」
奏に改めて告白する怜に、またも涙が零れ続ける。
「本当に…………私で……いいんですか?」
いつも突っぱねるような気の強い言葉を放つ奏が、自信なさげに問いかける姿に愛しさが募る。
「奏でいい、ではなく、俺は……奏がいいんだ」
怜がふわりと微笑んだ。
今まで怜に対して、自分の中にあった失恋の傷や気持ちを、はぐらかしてきた事もあったが、もうそんな事をする必要はない。
先ほど彼が言ってくれた奏の全てを受け止めるという言葉に、彼女は唇を微かに綻ばせた。
「こんな私ですけど……よろしくお願いします」
密かに想いを寄せていた人に、想いを打ち明けられて、奏の唇が緩やかな弧を描いた。
「やっぱり奏は…………自然体の笑顔が……一番綺麗だ」
微笑みを浮かべていた怜の表情が、次第に真剣なものへと変わっていく。
二人はしばらくの間、無言のまま眼差しを絡ませる。
奏の繊麗な両肩に、無骨な手が添えられると、怜はゆっくりと顔を近付けながら少し傾け、奏にそっと唇を重ねた。
彼女の熱った顔に浮かぶ小さな唇が、彼の冷たい唇と触れ、気持ちよさすら感じてしまう。
怜が焦らすように顔を離した後、蜜のような甘い声色で奏に囁く。
「今日は奏を帰したくない。ずっと…………君を抱きしめていたい」
熱の籠った瞳に射抜かれ、奏は羞恥心に包まれながらも辿々しく頷くと、怜は細い身体を強く抱きしめた。