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奏は母親に電話で『今日は帰らない』と伝えると、母は特に気にするわけでもなく『わかった』と返事をしただけだった。
怜の車はパーティ会場のホテルに車を停めてあるとの事だったので、二人は手を繋ぎながら来た道を戻り、ホテルへと向かった。
「途中、コンビニでも寄るか?」
「そうしてもらえると、すごくありがたいです」
「わかった」
二人は白いセダンに乗り込み、立川方面へと向けて走り出す。
ステアリングを握っている怜は、信号待ちの時にカーステを操作し、T-SQUAREの『オーメンズオブラブ』を流し始めると、軽快なアップテンポの曲調に反し、しみじみとした口調で話し始めた。
「恋の予感が…………本物になったな。サビの部分でジャンプしたい気分だよ……」
「え、言ってる意味がわからないんですけど」
ようやく普段の口調に戻った奏が、前へ視線を向けたままボソリと言うと、怜はフッと笑い、嬉しそうに話を続ける。
「オーメンズオブラブって『恋の予感』って意味なんだよ。それに、T-SQUAREの三十周年記念ライブの動画だったかな。この曲が流れてると、サビの♪タララ〜♪の部分で観客とメンバーがジャンプしてるんだ」
「そうなんですね。今度探してみようかな……」
「俺は……本橋の結婚披露宴で、奏がピアノを弾いているところを見た時……いや、その前に、日野のハヤマ特約店で君と目が合った瞬間から、『この女性と何かあるかもしれない』って予感していたのかもしれないな……」
「……!」
怜が照れ隠しをしながら嬉しさを滲ませた声音で言うと、奏は恥ずかしくなってしまい、言葉を呑み込む。
(この葉山怜って人は、こういう恥ずかしくなる事を平然と言うから凄いよ……)
そんな事を考えているうちに、怜の運転する車は、大きな通り沿いのコンビニへ入っていった。
奏は女性用のアメニティグッズが売っているコーナーに向かい、トラベルサイズの基礎化粧品、シャンプーとコンディショナーのセット、歯磨きセット、それから替えの下着も購入した。
「奏、何か飲むか?」
奏から少し離れたところで、怜が声をかけてきた。
「お茶がいいです」
「わかった」
怜はドリンクコーナーへ向かい、お茶とビールをそれぞれ二本カゴに入れ、メンズの化粧品などが陳列されているコーナーへ向かう。
売り場の端に置かれている、黒い長方形のパッケージに目が留まった。
箱の中央には白字で小さく『極薄』と印字されている。
(奏は、過去にあんな事があったし……すぐにってわけにはいかないだろうが……いつか彼女を……)
逡巡しつつ、怜はパッケージと睨み合いするが、躊躇いながらも長方形のパッケージを手に取り、レジへ向かった。
コンビニを後にし、再び怜の運転する車が走り出す。
彼も奏も無言のままで、沈黙が車内を包んでいる。
程なくして白いセダンは、豊田駅から徒歩十分程度の距離にある、十階建てのマンションへと滑り込み、地下駐車場へと入っていった。
怜のマンションの徒歩圏内には、大型のショッピングモールもあり、マンションも多く建ち並ぶ。
「着いたぞ」
車を停め、助手席のドアを怜が開けると、奏の手を繋いで先導する。
地下駐車場にはエレベーターがあり、怜は七階のボタンを押す。
彼の部屋のフロアまで運ぶ狭い箱の中でも、二人は黙ったままだった。
奏にとって、男性の家に泊まるのは、人生二十六年で初めての事だ。
コンビニを出発してから、奏の鼓動はドクドクと高鳴り続けている。
(どうしよう……ある意味勢いに任せて、葉山さんの部屋に泊まる事になったけど……)
エレベーターが七階に到着した事を知らせる電子音が響き、怜は廊下を左へ曲がり、突き当たりの部屋のドアを開錠して奏を招き入れた。
「汚い部屋だけど、どうぞ」
「は……はい。お邪魔しま……す」
怜に促され、奏は恐る恐る彼の部屋に入っていった。