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都市の空気は重かった。昨日までは平凡な日常が続いていたというのに、今や街の風景は地獄絵図と化している。
道路には動かなくなった人間が転がり、ビルの窓からは煙が立ち上っている。至る所から聞こえるのは、うめき声と金属がぶつかる音だけだった。
「なんとか……なんとかしないと」
俺は瓦礫に隠れながら、震える手でスマホを取り出した。画面には緊急速報の通知が並んでいる。
「都心部で集団パニック発生」「不明の伝染病拡大中」
どれも信じがたいニュースばかりだ。だが現実は目の前に広がっていた。
「助けて!誰か!」
遠くから叫び声が聞こえた瞬間、俺の足は自然と動き出す。危険だとわかっていても、助けを求める声に背を向けることはできなかった。
路地裏を抜け、声の方向へ駆け寄ると、そこには女性が壁際に追い詰められていた。彼女の目の前には三人の「それ」が立ちはだかっている。目は濁り、肌は灰色がかって腐敗が始まりかけていた。そう——ゾンビだ。
「あなたは……」
女性の言葉は途中で途切れた。一番近くのゾンビが突然飛びかかってきたからだ。恐怖で固まった俺の体は動かない。ただ立ち尽くすことしかできない。
しかし次の瞬間、何かが俺の腕を掴み引き寄せた。
「バカ!何をしているんだ!」
怒鳴ったのは見知らぬ男性。彼の動きは驚くほど素早く、ゾンビの一匹を蹴り飛ばすと、もう一人に向かってナイフを振り下ろした。
ゾンビの首から血が吹き出し、その場に崩れ落ちる。
「行くぞ!」
彼は俺たちを促し、裏道へと逃げ込んだ。
「名前は?」
走りながら彼が尋ねる。
「鳴海……鳴海悠斗です」
「俺は高橋。自衛隊員だ。君は?」
「普通の会社員です……」
息を整えるために路地裏の小さな公園に入り込んだ。ベンチに座り込みながら女性が話す。
「私は田中です。大学院生でした」
「状況はどうなっているんですか?」
俺が聞くと、高橋さんは深刻な表情で答えた。
「本で読んだことがあるんだ。感染症の一種だよ。空気感染ではなく接触感染。噛まれたり傷口から血液が入ると感染する。潜伏期間は個人差があるようだが、早ければ数時間で症状が出始める。そして最終的には……」
言葉を濁す彼の代わりに田中さんが続けた。
「ゾンビになるのよ。脳機能が破壊されて人格が失われる。残るのは原始的な欲求だけ」
空気が凍りついたように静まり返る中、どこからかまたうめき声が聞こえてきた。
「ここも安全じゃないわね」
高橋さんは立ち上がった。
「自衛隊の基地まで行こう。避難所になっているはずだ」
「でもどうやって?街中ゾンビだらけですよ」
「だからこそ急ぐ必要がある。感染者が増えれば増えるほど危険度は上がる」
二人の後を追おうとした時だ。突然背中に冷たい感触が走った。振り返ると、いつの間にか後ろに回り込んでいたゾンビが俺に襲いかかろうとしている。
「鳴海君!」
高橋さんの警告は遅すぎた。ゾンビの牙が俺の腕に食い込む。激痛と共に熱いものが体内に流れ込んでくる感覚があった。
「やめて!」
田中さんが持っていた棒でゾンビを殴打するが効果はない。「噛まれた!噛まれてしまった!」
ゾンビを引き離した時には、俺の右腕は赤黒い歯型で覆われていた。
「ダメ……終わり」
田中さんの顔が青ざめる。
「諦めるな!すぐに血液を洗い流せ!」
高橋さんはハンカチで傷口を強く押さえた。
「まだ分からない。もしかしたら抗体を持っているかもしれない」
俺は呆然としながら二人のやり取りを見つめていた。自分がゾンビになる?冗談だろう?昨晩までは普通の生活を送っていたのに……。