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橘靖竜
報告書:村田孝好
マルトクテックカンパニー本社。
深夜。
ほとんどのフロアの照明は落ちている。
しかし、管理部門の一室だけはまだ明るかった。
部屋の中央にある机。
端末の光だけが静かに点いている。
その前に座っているのが――
佐伯。
マルトクの管理責任者。
かつて「丸徳技術研究所」と呼ばれていた時代から
父子二代で管理に関わり続けている男だった。
彼は端末に届いた新しい報告書を開いた。
タイトル。
顧客コミュニティ観測ログ
対象:村田孝好
佐伯の眉が、わずかに動く。
村田。
最近、何度も名前を見る。
エース級スタッフ。
月影が育てた男。
それと同時に、
会社の管理が最も効かない男。
佐伯はスクロールした。
報告ログ
港区
公民館
顧客十六名
共通契約スタッフ
村田孝好
佐伯は静かに画面を読む。
顧客発言ログ。
次々と並ぶ言葉。
> 「何で自動キャンセルなのよ?」
> 「予定消えて生活狂った」
> 「子どもが泣いてる」
> 「セッ○ス切れてブチキレそう」
> 「会社訴える」
佐伯の表情は変わらない。
ただ目だけが動く。
ログは続く。
家事。
子育て。
ペット。
性生活。
精神的依存。
すべてに
村田の名前が出てくる。
佐伯はそこでスクロールを止めた。
そして小さく呟く。
「……キ○ガイじみている
想像の斜め上」
普通のスタッフなら、
こうはならない。
マルトクのサービスは
分散依存が基本だ。
利用者は
会社
システム
複数スタッフ
に依存する。
一人に集中しないよう設計されている。
しかし村田の場合、
違う。
顧客の生活構造が
村田個人に集約している。
佐伯は椅子にもたれた。
「これは……」
静かに言う。
「会社の設計じゃない
……久々に強い酒が飲みたいな」
彼はさらにログを読む。
そして
次の項目で手を止めた。
発言記録
発言者
軽部トシ子
提案内容
「村田を専属で雇う
東陽英倭、用務全般。しかも高待遇」
「なにィ!?」
佐伯の目が止まる。
その下に記載された、
プロフィール。
軽部トシ子
55歳
東陽英倭文化学院理事
佐伯は少しだけ眉を寄せた。
「……学院理事」
これは
ただの顧客ではない。
資金力。
社会的影響力。
どちらもある。
さらに読み進める。
提案内容。
> 「私たちで雇えばいい」
> 「会社に振り回されない」
佐伯は端末を閉じかけて、
やめた。
そしてもう一度読む。
今度はゆっくり。
*
数分後。
佐伯は立ち上がった。
窓の外を見る。
夜の東京。
静かな光。
そして低い声で言う。
「ムラタタカヨシ」
彼は名前をゆっくり発音した。
・
マルトクは、
顧客に
疑似関係を提供する会社だ。
だが村田は違う。
彼は
疑似を本物に変えてしまう。
それが問題だった。
佐伯は端末を操作する。
新しいウィンドウが開く。
タイトル。
管理評価更新
対象スタッフ:村田孝好
評価項目。
顧客依存度。
契約逸脱率。
コミュニティ形成。
外部資金介入可能性。
すべてが赤く点灯する。
佐伯はため息をついた。
「……困ったものだ」
声は穏やかだった。
しかし次に言った言葉は
冷たかった。
「この男は」
一拍。
「会社の外に出すべきではない」
そしてもう一つ。
佐伯は思い出した。
最近の報告。
花子。
村田。
契約外接触。
佐伯は端末に新しいタグを付けた。
関連観測対象
野村花子
そして小さく呟いた。
「月影」
少し考える。
「お前は
どこまで知っている?」
画面の最後に
新しい管理指示が表示された。
監視レベル変更
対象:村田孝好
通常 → 特別観測
マルトクのシステムでは
この変更は
小さな操作だった。
しかしそれは
一人の人間の人生を
静かに変える命令だった。
同じ頃。
村田はコンビニで
おにぎりを二個買っていた。
何も知らずに。
そして笑いながら店員に言う。
「今日はなんか腹減るなあ」
その瞬間、
マルトク本社では
彼の監視レベルが
一段階上がっていた。