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マルトク本社。
朝。
無機質しかない
管理フロアはいつも静かだった。
ここでは怒鳴り声も笑い声も少ない。
ただ、数字が動く。
契約数。
満足度。
継続率。
それがこの会社の血液だった。
月影真佐男は
エレベーターを降りた。
通知が来たのは昨夜。
「管理部より面談要請」
送信者:
佐伯
月影は歩きながら小さく息を吐いた。
「……来たか」
理由はだいたい分かる。
受付スタッフが軽く会釈する。
「月影さん、こちらへ」
会議室のドアが開く。
中には一人。
佐伯。
すでに席についていた。
「おはようございます」
月影が言う。
佐伯は顔を上げる。
「おはよう」
声はいつも通り穏やかだった。
だが机の上には
一枚のタブレットが置かれている。
佐伯はそれを指で軽く叩いた。
「座ってくれ」
月影は椅子に座る。
沈黙。
数秒。
佐伯が言う。
「村田孝好」
月影は目を細めた。
やはりそれか。
佐伯は画面を開く。
「知っているか?」
画面には
港区公民館
のログ。
顧客発言。
“村田ロス”
の文字。
月影は黙って読む。
最後まで。
佐伯が言う。
「どう思う?」
月影は少し考えた。
そして言う。
「人気ありますね」
佐伯の目が険しく細くなる。
「そういう話をしているわけではない」
佐伯は椅子にもたれた。
「顧客十六名」
「共通点」
指で画面をなぞる。
「村田孝好」
一拍。
「生活依存」
月影は静かに答える。
「信頼されてるんでしょう」
佐伯は少し笑った。
「君はそう言うと思った」
佐伯は画面を切り替える。
次の資料。
顧客満足度グラフ。
村田担当。
異常値。
平均の二倍近い。
「この数字」
佐伯は言う。
「会社の設計では出ない」
月影は黙って聞く。
佐伯の声は穏やかだった。
「マルトクのサービスは
疑似関係だ
顧客は
会社
システム
複数スタッフ
に分散依存する。
それが安定だからだ」
佐伯は画面を指した。
「しかし村田は違う」
橘靖竜
グラフを拡大する。
「顧客が
個人に依存している」
月影は少し首をかしげた。
「それの何が問題なんです?」
その言葉で
部屋の空気が少し変わった。
佐伯はゆっくり言う。
「会社が不要になる」
静かな声。
だが意味は重い。
「村田一人でいいなら
マルトクはいらない」
佐伯は月影を見る。
「会社は困る」
月影は少し笑った。
「それはそうですね」
佐伯は次の資料を出す。
軽部トシ子
プロフィール。
理事。
資産活用の権限あり。
豊富な社会関係。
そして発言。
> 「専属で雇えばいい」
月影の目が少し動く。
佐伯は言う。
「顧客が
スタッフを囲う」
一拍。
「これは企業にとって
最悪のパターンだ」
沈黙。
数秒。
佐伯がゆっくり言う。
「月影
君が育てたんだろう?」
月影は答える。
「現場で少し」
佐伯は続ける。
「優秀なスタッフだ
だが」
指で机を軽く叩く。
「危険だ」
月影は静かに聞く。
「で?」
佐伯は言う。
「管理対象にする。
「行動ログ」
「顧客接触」
「契約外活動」
全部だ」
月影は眉を少し上げた。
「そこまで?」
佐伯は即答する。
「そこまでだ」
数秒の沈黙。
月影が言う。
「村田は
悪いことしてませんよ」
佐伯は答える。
「知っている
だから困る」
佐伯は立ち上がった。
窓の外を見る。
東京の朝。
人が動き始める時間。
「人間というのは」
佐伯は声をことのほか強く荒げ、
「善意でシステムを壊す」
振り向く。
「村田はそのタイプだ」
そして最後に言った。
「君には責任がある」
月影の目を見る。
「止めろ」
月影は少し黙った。そして立ち上がる。
「分かりました」
ドアへ向かう。
出る直前、
月影は振り返った。
「一つだけ」
佐伯を見る。
「もし」
一拍。
「止まらなかったら?」
佐伯は答えた。
迷いなく。
「会社が止める
是が非でも、だ」
月影は軽くうなずいた。
「そうですか」
そして部屋を出た。
廊下を歩きながら
月影は小さく呟いた。
「……困ったな」
なぜなら彼は知っていた。
村田は
止めても止まらない人間だと。