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「……え?」
「結婚しようと思ってるんだ」
作業に集中していて失礼なことだが、クロノアさんの話を全く聞いてなかった。
名前を呼ばれて間の抜けた返事をすると返ってきた言葉がそれだった。
「結婚、ですか…?」
「うん。俺も、もういい歳だしね。親にもそろそろ…って言われちゃってさ」
困ったように笑うクロノアさんに、俺はちゃんと笑い返せてるだろうか。
「まぁ、クロノアさん、というか俺らもそういう年齢ですしね」
「そうだね」
今度は照れたようにはにかむ彼に胸に刃物で刺されるような痛みがはしる。
「…クロノアさんと一緒なら、幸せになれそうだ」
「トラゾーぺいんととおんなじこと言ってるよ。でも、嬉しいな」
思考のよく似たぺいんとの驚いたような表情が思い浮かぶ。
現に俺も驚いてるし。
「だって、優しいしきちんと怒ることは怒ってくれるし、相手のことちゃんと受け入れて尊重してくれそうですし。なによりカッコいいですしね」
「かっこいいかは別として、そんなの誰だってそうだよ。好きな人にはね」
「うーん、言葉に表すの難しいな…、とにかく、クロノアさんと一緒になれるなら幸せ者だなってことです」
「…そっか、トラゾーもそう思ってくれるんだね」
「⁇、喜ぶべきことじゃないんですか?」
クロノアさんは曖昧に笑うだけで、それを言いたかっただけ、と話をきってしまった。
「(こんなはっきりしないクロノアさん初めて見たな。まぁ、人生の最大の選択であるし、慎重になってるだけかな…?)」
相手は誰なんだろう。
知ってる人か、知らない人か。
どっちにしても、俺は失恋をしたということになる。
「(選ばれるわけないのに、その人のこと羨ましいと思うなんて、なんて烏滸がましいのだろうか)」
彼の全てが好きだなと思った。
俺に手を差し伸べてくれて、置いていかれないようにと手を引いてくれた。
さりげなく話を振ってくれたり、俺に合わせてくれたり。
最初は兄がいたらこんな感じなのかな、と思っていた。
けど、段々とそのおくびにもださない優しさに惹かれていった。
俺はこの人のことが好きなんだなぁと。
「……」
それぞれの作業に戻ってしまい、今更相手とか、どこでどう知り合った人なのかとか聞きそびれてしまった。
ただ、そんなプライベートなこと聞かれても迷惑なだけかもとやっぱり聞くのはやめた。
「(…それが俺だったらいいのに、なんて億が一でも有り得ないことなのにな)」
伝える気なんて初めからからない。
けど、大切にしてきた想いは叶うことなく散ってしまった。
俺が願うのは、この人が幸せになってくれることだけ。
「クロノアさん」
「うん?」
「ちゃんと、呼んでくださいね?」
「?、当たり前だよ」
にこりと笑うその顔を見ることが出来なくなるのだと寂しく思う。
こうやって、会ったり、一緒に遊びに行ったりすることもできなくなる。
そりゃ配信者として俺らを優先することもあるだろうけど、結婚なんてすれば最優先事項は家庭になる。
きっとクロノアさんの隣に立つ人は可愛くて守ってあげたくなるような女の人なんだろうな。
それか逆に綺麗で姉御肌っぽい人なのかもしれない。
どっちにしても、誰であってもクロノアさんの選んだ人なら、どんな人でも間違いないだろう。
それに彼は人を見た目で判断するような人ではない。
でも、どう足掻いたって俺は隣に立つことはできない。
同性婚がようやく認められた今。
偏見の眼差しはまだ厳しいものの、確かに祝福をされている人たちもいる。
そんな眼差しを俺はいいとしても、クロノアさんたちに向けられるわけにはいかない。
だから知られるわけにはいかない、俺の想いは。
「幸せになってください」
「⁇、何言ってるの?幸せになるよ、絶対」
クロノアさんは首を傾げて再び作業に戻った。
絶対的な自信。
相手も、もう了承済みなのだろう。
俺は痛む胸を抑えて作業に戻るしかなかった。
「(泣きそ)」
きっとここで俺が泣けばクロノアさんは困惑しながらもどうしたの、と優しく声をかけてくれる。
それに甘えてしまいそうになる弱い自分がいる。
だからこそ、俺は俺自身の為にこの優しい人から離れることにした。
コメント
2件
新作品ありがとうございます!!💥