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「卒業してから一度も連絡とってない同級生に会って、第一声が『離婚したんだってぇ?』ってのは、どうなの。結婚報告をした覚えもないんだけど」
私は、卒業してからも連絡を取り続けている同級生の前で、テーブルに上半身を投げ出して、だらしなく突っ伏した。
「根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だけど、離婚した同級生の名前を次々に挙げられるのも、嫌だわ」
「そんなにいるもの?」と、柚葉《ゆずは》が聞く。
私は両肘をテーブルに立て、頬杖をつく。
「いた。どっからそんな情報が入ってくるんだろうね」
「結婚しても実家近くにいる人は、詳しいかもね。自分が卒業した学校に子供を通わせてる人、結構いるみたいだし」
「地元に帰ってきた、って実感するわ」
柚葉が笑いながら、キッチンカウンター越しにコーヒーの入ったマグを差し出した。
私はそれを受け取り、熱いうちに一口飲む。
ほぅっと一息つき、私が持って来たクッキーを皿に移す柚葉を眺める。
幸せそうだ。
顔色が良くて、表情が穏やか。
入院中に会った時は、酷かった。
私も酷かったが。
髪を切ったせいもあるだろう。
雰囲気が明るく、爽やかになった。
それに引き換え、私は退院してから自分で白髪染めをしただけで、スッキリしたショートヘアは襟足が伸びてくりんと跳ね、ウルフカットのようになりつつある。
怪我の痛みはもうない。
美容室の予約を入れても大丈夫だろう。
「合コン前に、美容室行かなきゃ……」
「合コン!?」
柚葉が顔を上げる。
私は頬をくすぐる髪を払った。
「そ、お節介な同級生が気を利かせて、セッティングしてくれるって」
「誰? 私も知ってる?」
「真奈美《まなみ》」
「ああ……」と、柚葉が苦笑い。
「再婚なんでしょ? あの子」
「うん。結婚して道外に住んでたけど、離婚して戻ってきて、高校の同級生? と再婚したって」
「だから、私にも地元で再婚相手を見つけろって? 大きなお世話だっつーの!」
「けど、行くんだ?」
「酔っぱらっても家まで送り届けてくれるならって条件付きでね」
「千恵《ちえ》……」
柚葉がテーブルに置いた皿からクッキーを一枚、口に入れた。
濃厚なバターの香りと味。
怪我をした直後は口の中も切れていて、食事も辛かった。
私は、離婚した。
そう、バツイチになった。
旦那に浮気され、浮気相手に子供ができて、古女房は捨てられた。
ふたりの子供は、引っ越しやら転校やらを嫌がって、父親の元に残った。
お腹を痛めた子に、捨てられた。
限りなく十四年に近い結婚生活から突然追放され、私は実家に帰って来た。
で、怪我をした。
決して、自殺未遂などではない。
酔って階段から落ちたのだ。
よその子の「お母さん」と呼ぶ声が、娘と似ていた気がして、よそ見をしてしまった。
足の骨にひびが入り、頭も切っていたから、二週間ほど入院した。
大きな病院であれば入院させてもらえなかったかもしれない程度だが、運ばれたのが、すこし大きな個人経営の病院だったのが、良かったのか何なのか。
家にいて身動きが取れず母に迷惑をかけるよりは良かったと思う。
ついでに、帰ってくる前に、保険関係の名義変更を済ませておいて良かった。
そんなことをダラダラと話し、私は柚葉の家を後にした。
車で送ってくれると言われたけれど、のんびり電車で帰りたい気分だった。
こんなにゆったりとした生活は、いつ振りだろう。
子供ができる前?
結婚する前?
就職する前?
大学時代?
そこまで考えて、それ以上考えるのをやめた。
あいつを思い出してしまうから。
美容室、どこにしよう。
違うことを考えた。
電車がくるまで八分あり、私は乗車位置に立ってスマホで検索した。
反対方向の電車が到着し、髪がバサバサと顔を覆う。
東京の風とは全然違う。
ひんやりと心地良い風。
柚葉の家もそうだが、まだ庭に雪が残っているのだから、当然だ。
東京の風は生ぬるくて、息苦しかった。
いつの間にかその息苦しさにも慣れて、今はこうして故郷の風が冷たく感じる。
気づけば、東京で暮らした年月が、故郷で暮らした年月を二年ほど上回っていた。が、私は帰ってきた。
結局、東京は私の居場所じゃなかったってことかな……。
電車は空いていた。
まだ、学生もいない時間。
お母さんと同じくらいの、六十代後半の夫婦や、友人同士で座っていたり、ママ友と思しきグループがドア付近に立っていたり、二十代らしい男性が大きなヘッドホンをつけてシートの端で丸まっていたり。
私はヘッドホンをつけた男性と二人分の距離を取ってゆったり座り、ぼーっと広告を眺めていた。
転職相談会、派遣登録、主婦パートの情報サイト。
年金相談、お金のトラブル相談、夫婦や恋人のお悩み相談の窓口紹介。
塾、霊園、専門学校の広告。
一通り見て、派遣会社の広告に視線を戻す。
働かなきゃ……。
私の職務経験は一社のみ。
そこそこに規模は大きかったが、なにせ勤務は三年だけ。しかも、受付嬢だ。
『嬢』と呼べる年ではなくなった私には、何の強みでもない。
普通に、事務?
スーパーやコンビニなら、登録しなくても募集してそうだよね。
僅かな財産分与があったとはいえ、子供に会いに行くための飛行機代や宿泊費、行事ごとにお祝いしてあげたいと思えば収入は必要だ。
合コンなんて言ってる場合かよ……。
私はため息をつき、頬をくすぐる毛先を横目で見た。
とにかく、髪切ろ。
結局、家に帰るまで美容室を探し、明日の午後の予約を入れた。