テラーノベル
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1995年──10月8日──日曜日。
銚子19歳。多摩雄22歳。
昼の陽気の中、銚子は多摩雄の運転するトヨタのカローラでドライブをしていた。
カーオーディオからは軽快なギターサウンドと、透明感ある女性ボーカルの綺麗な歌声が流れていた。
90年代の街に似合う少し甘くて切ないラブソング。
助手席の銚子は、そのメロディーに合わせるように、小さく口ずさむ。
ハンドルを握る多摩雄は、そんな彼女の歌声に耳を傾けながら、自然と肩でリズムを刻んでいた。
やがて信号待ちで車が止まる。
多摩雄は横目で銚子を見つめ、ふっと笑った。
「お!上手いじゃん」
突然褒められた銚子は目を丸くする。
「えー!?そんな事ないですよ〜」
すぐに恥ずかしそうに首を横へ振った。
しかし多摩雄は真顔のまま続ける。
「銚子ちゃんは声が良いよな」
その言葉に、銚子の頬はみるみる赤く染まっていく。
照れ隠しをするように笑ってみせる。
「またまたぁ、そうやって冗談ばっか言うんですから」
多摩雄は苦笑しながら首を振った。
「いや、ほんとだって」
銚子は少しだけ視線を上げる。
「本当に〜?」
その問いに、多摩雄は少し困ったような笑みを浮かべた。
「俺ってそんなに信用ないかな」
そう言って肩を落とす姿は、どこか芝居がかっている。
「あ〜あ・・・ショックだわ・・」
慌てた銚子は両手を振った。
「あ、いや、信用ないってわけじゃ──」
言い終える前に、多摩雄は吹き出す。
「あ〜はっは、冗談だよ」
「もう! またそうやって!」
少し頬を膨らませて抗議する銚子を見て、多摩雄は楽しそうに笑い続ける。
「ごめんごめん(笑)」
車は再び走り出し、二人の笑い声は音楽に溶け込んでいく。
それから2人は、銚子が行きたいとリクエストした渋谷のセンター街に立っていた。
しかし週末だと言う事もあり、そこは溢れんばかりの人々の熱気で満ちていた。
ルーズソックスを履く女子高生や、女性シンガーを模したファッションの女子大生、通称アムラーが我が物顔で闊歩し、アメカジやB系ファッションに身を包んだ男子学生があちこちで屯している。
CDショップの店先では、新曲が爆音で鳴り響き、壁という壁にはプリクラとポケベルの広告がズラリと並ぶ。
色と文字が溢れすぎて、どこを見ても目が落ち着かない。
誰かが渋谷は流行が産まれる場所だと言っていたらしいが、ここから流行が産まれているというより、流行という概念そのものが意思を持って歩いている。
そう表現した方がしっくりくる。ここはそう思わせる街だった。
「うわぁ〜・・相変わらず凄い人だな〜・・」
多摩雄はあまりの人の多さに、若干萎縮した様に顔が引き攣る。
「本当にこんな場所に来たかったの?」
そう尋ねると、銚子は待っていましたと言わんばかりに目を輝かせる。
「プリクラ撮ってみたかったんです」
聞いた事のない言葉に多摩雄は首を傾げた。
「ぷりくら?何?それ?」
その一言に、銚子は思わず足を止める。
「えー!? 知らないんですか?」
驚いた表情のまま説明を続ける。
「今年に入って出来たらしいですよ」
多摩雄は顎に手を当て、記憶を辿るように空を見上げた。
「ああ、なんか聞いたことあるかも」
銚子はすぐ近くのゲームセンターを指差した。
「ほらあれですよ♬あれあれ♬」
指の先には、ゲームセンターの一角に設置されたプリクラ筐体『プリントクラブ』があった。
「ああ、あれか」
多摩雄もようやく思い出したように頷く。
「そう言えばこの前
H◯t-D◯gで特集記事読んだな」
すると銚子は、堰を切ったように次々と夢を語り始めた。
「あと109も行きたいし公開収録も観たいし」
「あ! あとアレ!」
興奮のあまり言葉が追いつかない。
「パソコンやりながら、お茶できるカフェも
あるらしいですよ? そこにも行ってみたい」
次から次へと出てくる希望に、多摩雄は苦笑しながら両手を上げた。
「分かった分かったから、慌てない」
それでも銚子の勢いは止まらない。
「まずはプリクラですね♬」
そう言うと、多摩雄の腕を軽く引っ張り、ゲームセンターの方へ急ごうとする。
「早く早く♬」
慌てる銚子の後ろ姿を見ながら、多摩雄は笑った。
「慌てるなって」
優しくそう声を掛けると、ゆっくりと歩き出す。
「時間はたっぷりあるんだからさ」
◇ ◇ ◇
プリクラ機から軽快な電子音が鳴り、写真がゆっくりと吐き出される。
「わぁ♬」
銚子は両手で受け取ると、思わず声を弾ませた。
「できた♬できた♬」
出来上がったプリクラを胸の前で抱え、何度も見返しては嬉しそうに笑う。
ピンク色のハート型フレームに囲まれたプリクラの中では、頬に手を添えた二人が肩を寄せ合い、少し照れくさそうに笑っている。
そして、左下には本日の日付が、可愛らしいフォントで印字されていた。
多摩雄も写真を覗き込み、小さく頷く。
「おぉ〜♬いい感じじゃん♬」
「えへへ〜♬」
銚子は嬉しそうに笑いながら、何度もプリクラへ視線を落とした。
そんな銚子の横顔を、多摩雄は穏やかな表情で見つめる。
それは霊能力者として真剣な眼差しを向ける彼女ではない。
年相応にはしゃぎ、無邪気に笑う、一人の普通の女の子だった。
その姿が、どこか新鮮に映る。
「どうかしました?」
銚子が首を傾げる。
多摩雄は少し照れたように笑った。
「いや、なんて言うか・・こうしてると
普通の女の子なんだなぁって思っただけだよ」
銚子は吹き出しそうになりながら肩を揺らした。
「何ですかそれ(笑)」
ふと何かを思い出したように銚子は声を上げる。
「あ、そうだ」
4枚連なったプリクラを丁寧に切り分けると、その半分を多摩雄へ差し出した。
「はい♬これは多摩雄さんの分♬」
「くれるの?」
「二人で撮った初めてのプリクラ
ですからね♬記念にどーぞっ♬」
多摩雄は受け取った小さな写真をしばらく眺め、それから優しく微笑んだ。
「ありがとう♬」
その一言だけで、鈴子の笑顔はさらに明るくなる。
「さて!次は109ですよ」
銚子は勢いよく振り返ると、多摩雄の手をぎゅっと握った。
「ほらほら♬行こう♬」
そのまま彼の手を引きながら、人で溢れるセンター街を駆け出していく。
多摩雄は苦笑しつつも、その小さな手を握り返した。
休日の喧騒の中、二人の笑い声だけが、周囲の雑踏よりもずっと鮮やかに響いていた。
#ボカロ
ありあ
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ありあ
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コメント
1件
ちょっとしたデートの空気感が、もう本当に心地よくて……。1995年の渋谷の熱気、プリクラに109、アムラーのファッション――細かい時代描写が鮮やかで、自分もその場に立ち会っているような気分になりました。何より、普段は霊能力者として真剣な銚子ちゃんが、年相応にはしゃいで多摩雄さんの手を引く姿が可愛くて。多摩雄さんが「普通の女の子なんだな」と気づくシーン、ぐっときました。この穏やかな日常の一片が、物語全体の中でどう響くのか……続きが待ち遠しいです。