テラーノベル
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6月下旬。暦の上ではまだ初夏のはずだが、赤坂の街はすでに真夏のような熱気に包まれていた。
御焼組の事務所では、この時期特有の光景が繰り広げられている。
組員の多くは「墨」を入れているため、どれほど暑くても気軽に半袖や薄着にはなれない。
俺も例外ではなく、常に長袖のワイシャツを着こなしているが、その下では蜘蛛の刺青が熱を持って疼いている。
フル稼働するエアコンと、換気のために開けられた窓。
相反する効率の悪さに苛立ちながら、ジャケットを脱ぎ袖を捲っても、体にこもった熱はどうしても発散しきれなかった。
スマホを確認すると、1通のLINEが届いた。
シズカ:『天利さん、もしお時間が許せば、会社までお迎えに来ていただけませんか?』
シズカ:『少し……「大物」を預かりまして』
天利「大物? ……シズちゃん、揉め事に巻き込まれたのか!?」
急いでオーガ・プライムフーズのロビーに向かった俺が見たのは、凛々しく佇むシズちゃんと、その横にある、どう見ても彼女の身長の倍はある巨大な笹だった。
天利「……シズちゃん。それが『大物』?」
シズカ「ええ。前会長がロビー用に飾る用に手配してくださったのですが、あまりにボリューミーすぎるので枝分けして、うち1つをいただいたんですけど、このサイズ、もはや『枝分け』ではなく『伐採』ですわよね……」
天利「(……。前会長、どんな森を買い占めたんだ?
元々のデカさも気になるし……)」
俺は巨大な笹を受け取り肩に担いで、周囲の目が「あ、あの人、森林泥棒……?」となる前に、急いで車のトランクへと押し込み、シズちゃんを助手席に乗せて城へとアクセルを踏む。
天利「もうすぐ七夕か……。
本当なら、どっか派手な七夕祭りでも連れてってあげたいんだけどな……。
シズちゃんの浴衣姿も見たいしさ……」
シズカ「浴衣姿を見せるだけなら可能ですよ!
なんなら湯上りしっとりのおてもやんのような私も……」
天利「おてもやんってなに?」
シズカ「頬がりんごみたいに赤くなっている状態です」
天利「あーね。
それはそれで見たいけど、そういうことじゃないんだよ」
シズカ「うふふ。
『お祭り』というステージが重要なんですよね」
天利「そゆこと」
シズカ「天利さんクラスの親分さんが外出する際は車移動かつ運転手と複数人の護衛が必須ですから大変ですよね」
天利「まぁね……。
やっぱり『型』があるし、いつ襲撃されるかわからないから、常に周囲を警戒せざるを得ない……。
でも、シズちゃんとデートする時は、ただの『おじさん』になりたいんだ」
シズカ「……だとしても、護衛もつけずに天利さんご自身の運転で迎えに来られるのは、流石に不用心過ぎるのでは?
今までは、私が気づいていないだけ、または私が気付かぬように護衛を配置しているのかと思っていましたが……」
天利「さすがシズちゃん、鋭いね。
お察しの通り、シズちゃんにはこっそり護衛をつけてるよ。
でも、『重要な顧客の警備』って名目で遠巻きに見張るように厳命してるし、怪しまれないよう立ち回ってるはずだから、シズちゃんたちは気付きようがないよ」
シズカ「何故、そんな回りくどいことを?
同僚たちのあいだでは『海外育ちのワイルド系イケおじな実業家』ってことになってるので、『心配性な彼がボディガードをつけてくれてる』とかどうとでもごまかせますよ?」
天利「そういうことじゃなくてね……。
……俺が警戒している『周囲』は組内も含まれてるんだ。
この業界、いつ寝首をかかれるかわからない上に、俺は元半グレってことで組内でよく思われていなかったし、『清掃業』を任されていた俺が邪魔になって消そうとしてた連中もいたし、先代組長が亡くなった時も俺が組長に就任する時も色々ゴタゴタがあったから信用されていないし俺も信用していない。
それに、家族や交際相手に会いに行く時ってのは、1番狙われやすいし家族や交際相手自身も危険だから、シズちゃんの存在や家がバレるのは俺としてはマズいんだ」
シズカ「……」
天利「ああ、勘違いしないでね?
俺は、シズちゃんにこうして呼び出されるのも、頼ってもらえるのも嬉しいよ。
でも……俺は臆病者なんだ……。
それに、俺はシズちゃんを『御焼組の姐さん』にする気はない」
シズカ「……!?」
天利「『天利由幸の奥さん』になって欲しいのであって『御焼組組長の嫁』にする気もシズちゃんに姐さん業をさせる気もないってこと」
シズカ「……」
─── ───
天利「どっこらせーーーぇ!!」
シズカ「ありがとうございます。
助かりました」
天利「シズちゃんの頼みだもの、このくらい朝飯前……いや時間的に晩飯前かな?」
シズカ「天利さんもそういう親父ギャグ?ダジャレ?おっしゃるんですね」
天利「おじさんだからね」
nappa
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シズカ「では、私のことが大好きすぎるおじ様はお夕食はいかがなさいますか?
あり合わせの物で済ませようかと思っていたので簡単な物しか作れませんけど……」
天利「シズちゃんのご飯は捨てがたいけど、今から作るの大変じゃない?」
シズカ「本当に簡単な物しか作らないので、ご心配なく。
天利さん、この後運転されます?」
天利「いや、今日はこの家で寝るよ」
シズカ「では、こちらを召し上がってお待ちくださいませ」
そう言って黄金色のスパークリングドリンクと2色のキャベツマリネを出してくれる。
天利「これがパッと出てくるんだもん、すごいよなぁ」
スパークリングドリンクをひとくち、爽やかな白ワインの香りと独特の辛味と風味。
天利「……ジンジャエール?」
シズカ「白ワインのジンジャエール割です」
天利「ああ、オペレーター……だっけ?」
シズカ「はい!上司に教わった飲み方なんですけど、お口に合います?」
天利「すげぇ美味いよ。
シズちゃんはなんでも作れるんだね」
シズカ「なんでもじゃないですよ
家庭で作れるレベルの簡単な物だけです」
天利「(手作りの練り切りが出てくる家庭、なかなかないと思うけど……)」
〜本日の夕食〜
・グリル野菜とシーフード(ミックス)のサラダ(ハーブソルト仕立て)
・たっぷりきのこのコンソメスープ
・バゲット(バターは出さずオリーブオイルを少しだけ)
天利「シズちゃんの簡単は全然簡単じゃないんだよね。
美味そうだし健康的だし」
シズカ「……天利さんには物足りないですよね……。
次回からはもう少しガッツリしたものお作りします……」
天利「いやいや充分充分!
シズちゃんのガッツリ飯は気になるけど、おじさん胃腸がおじさんだし、そういうのは他のとこで食ってるから大丈夫!
ほら!腹へってるでしょ?
食べよ食べよ?!!ね?」
シズカ「……はい」
コメント
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お疲れさま、nappaさん!第29話読んだよー! 七夕に向けて笹を運ぶシーン、御焼組の親分・天利さんが「ただのおじさんになりたい」って言うところがすごくグッときた…。組織のトップとしての重みと、シズちゃんに対する誠実な想いが交錯してて、単なるヤクザ恋愛ものじゃない深みが出てるわ。 シズちゃんの“おてもやん”発言や白ワインジンジャエールのやりとりも可愛くて、日常の温かさが際立ってた。次回も楽しみにしてる!