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俺はその後、最低でも月に一度は麗華さんのところに通った。別に普通に話して帰ってくることもあった。鞭を打ってもらうと肩こりがスッキリすると言ったらまたもの凄くしょっぱい顔をされた。確かに麗華さんの一本鞭は有名みたいで、店ですれ違いざまに「麗華女王様の一本鞭を受けられるなんて……」とどこぞの親父に嘆かれたことがあった。そんなにありがたいことなのか。石川にそれを伝えたら爆笑してた。
ある時、麗華さんがこのあと時間はあるかと俺に聞いてきた。予定はないがどうしたのだろう。
「いつもあなたの我が儘ばかりきいてるんだから、たまには私の我が儘をききなさいよ」と言われた。麗華さんはもうすぐ仕事が終わるらしい。俺は店の外でのんびり待つことにした。
「おまたせ」
やって来た麗華さんは豹柄のショートジャケットに胸元の大きく開いたニット、太腿にピッタリと貼り付くようなスキニーのデニムにヒールの高いピンヒールで現れた。ついでにセレブみたいなサングラスをかけていた。どう考えても目立つ。
「行ってみたい店があるから付き合いなさい」
そう言ってさっさと歩き出した。ちょうどディナーの時間だ。もしかしてめちゃくちゃ高い店に連れて行かれるんだろうか? 給料が出たばかりだったので財布には少し入っていることを思い出し、ホッと胸を撫で下ろした。
グズグズしていると麗華さんは立ち止まって振り返った。俺は慌てて走り出した。
「──え? ここ?」
麗華さんが立ち止まったのは牛丼のチェーン店だった。
「牛丼食べたいなってずっと思ってたから。一人じゃ入れないでしょ?」
確かに。麗華さんが食べてたら目立ってしょうがないだろう。
「前に一人で来たら変なオヤジに絡まれて大変だったの」麗華さんはそうポツリと呟いた。俺は麗華さんの腕を取って店の中に入る。
「並でいいの? 大盛?」券売機の前でそう聞いた。
「……アタマの大盛のお新香みそ汁セット。半熟卵もつけて」麗華さんは腕を組んでそう言った。虚勢を張ってるみたいでちょっと可愛い。
俺は大盛にして同じセットにする。カウンターの最奥の席に座る。サラリーマンふうの男性が何人かいたが、みんな麗華さんをチラチラ見ている。中にはカネのない男に無理やり連れて来られちゃって可哀想みたいな目でみる奴もいた。いや、来たいって言ったのは麗華さんだからな。券売機のチケットを店員に渡すと、すぐに注文の品がやって来た。麗華さんはサングラスを頭の上に乗せた。すると小さく「おー」とため息が漏れるのが聞こえた。確かに美人だからな。
麗華さんは『牛丼なんて興味ないです』みたいな感じで食べ始めた。いや、口角が上がってるから。どうやら嬉しくて堪らないみたいだった。
食べ終えるとすぐに店を出た。後ろから「もっといい店に連れってってやりゃいいのに」って聞こえた。麗華さんは少し歩くと俺を横目で眺めた。
「なに?」
「ヤクザなのにあんなこと言われて怒らないんだ?」
「まあ。知らない人が見たらそう思うのが普通だろ」
「馬鹿にされたのに。ヤクザってもっと面子にこだわるのかと思ってた」
いやヤクザヤクザって言うけど、そもそも成りたくてなったわけじゃないから。たまたまそうなっただけで。
「喧嘩にならなくてよかった」
麗華さんはそう言うと足早に歩き出す。そして大通りに着くとタクシーを止めた。
「──今日は楽しかったわ。じゃあまた」そう言って手を振って去って行った。
麗華さんが楽しくて、俺が役に立ったのならそれでいいや。
俺は踵を返して、駅へ向かった。
それからほどなくして石川が銃で撃たれて死んだ。