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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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かたんと、月子達の部屋と続いている襖が鳴った。


小さく開いた襖からお咲が顔を覗かせている。


「あ!お咲ちゃん。そうだ、朝餉!」


月子に返事するかのように、襖の向こうで、ぐうーと腹の虫が鳴く。


「うん、お咲、待たせたな。食事にするか、入って来なさい」


岩崎に言われて、痛っと呟きながら、お咲が居間へ入って来た。


向こう脛を、時々さすりつつ、


「し、しんぶん!」


沼田が皆と見ていたのか、広げられた新聞に反応している。


「あっ!しまった!お咲は、新聞配達員に突き飛ばされたのだ。沼田とかいう記者に言えば良かった」


「違います!京介さん!お咲ちゃんは、新聞の記事にビックリして躓いて転んだんですよ!」


月子は岩崎に真相を告げた。やったやられたと物騒なことを、一人で言い張っているからだ。


「そうなのか?!」


どこか、不審げに岩崎は言っている。


思えばそれだけお咲の事を心配している証拠なのだろうと、月子はどこか微笑ましくも思えた。


一方そのお咲は、広げられた新聞を見ようと跪くが、足をしこたま打ち付けているために、痛い、痛いと泣きべそをかきかけた。


「お咲ちゃん、本当に大丈夫?!」


「……打ち身だからなぁ。月子、もう暫く様子を見てみよう」


痛みが長引くようなら、医者に見せるかと岩崎は考え込んでいるが、何故かそのまま、黙りこんでしまった。


「どうしましたか?あっ、朝餉ですね!すぐにお持ちします!」


月子が慌てると、


「いや、そうじゃなくて……その……京介……なのだが……どうして?旦那様ではないのだ?」


岩崎は、いや、何でもないと首を振り、目を泳がせながらそっぽを向いた。


「あっ……それは……京介さんが、あっ、旦那様が、京介と呼んでくれと昨夜仰ったので……」


月子が、はにかみながら答えると、たちまち岩崎は顔色が変わった。


「わ、私が、その様な大胆なことを?!」


どうやら、ほろ酔い気分になっていた岩崎は、自分で言ったことを覚えて無いようだった。


「わああーー!お咲だ!桃太郎ーー!って唄ってる!月子様見て!!」


新聞に載っている自身の写真に大興奮したお咲が叫ぶ。


岩崎が何を思ったのか、さっとあぐらをかいた。


「うん、お咲、ここに座りなさい。足も痛くないし、新聞も良く見えるぞ?」


そう言いながら、岩崎は自身の膝をポンポン叩いて、お咲を促した。


言われている意味が分かったようでお咲は、岩崎の組んだ足に座り込み、あーでもないこーでもないと、新聞を見ながら喜んでいる。


まるで、照れ隠しにお咲を使ったかのような岩崎に月子は、小さく笑った。そして、やはり、京介さんと名前で呼ぼうと思った。


ひょっとしたら、今のように照れる岩崎の姿を見たいからなのかもしれない。


そんな少しだけ沸き起こって来た、いたずら心の様なものに、月子は驚きつつ、


「あっ……」


と、つい声を漏らした。


「どうした?月子」


「これ……この新聞に載っている写真……京介さんですよね?……最後に演奏してくださった曲……」


そこまで言って、月子は黙りこむ。


自分の為に岩崎が徹夜で作曲した曲だと思い出したからだ。


「あ、あぁ」


岩崎も、小さく返事をする。


堂々とチェロを抱えるように構え、丁寧に、優しく弓を引く岩崎の姿の写真は、演奏会の大歓声が聞こえて来るような、生々しさと迫力があった。


じっと見いっていた月子だったが、写真の下に小さな記事を見つける。


「ああ、そうなのだよ、もう、私が独演会を開くということになっていてね……」


気が早いといいつつ、岩崎は満更でもないようで、微笑んでいる。


「……夢だった。いつか独演会を開きたかったんだ」


「まあ!それでは、夢が叶ったのですね!」


岩崎の希望が叶いそうだと、月子まで嬉しくなって、にこりと笑った。


「うん。まあ、あの沼田とかいう記者が言うことも、どこまでのものだかわからんが、月子、見開き、二ページで掲載されているその隅に、私の独演会を開くという告知記事を載せているんだ。一度位は何らかがあるだろう?まあ、それを足掛かりに、本格的な活動ができたらと思っている。さて、忙しくなるぞ。加えて祝言もあるのだから……」


岩崎は、真顔で月子へ語った。


祝言という言葉を聞いた月子は、思わず立ち上がり、居間から逃げるように台所へ向かっていた。


廊下で、小さく


「朝餉の用意を……」


かろうじて答えることができたが、ドキドキと鼓動がうるさい。


居間では、岩崎が、あぐらを組んだ足の上で、もぞもぞ動かれては座り心地が悪いと、お咲に注意し、受けたお咲は、そのままだと新聞の写真が見え辛いと抗議しと、訳のわからない言い争いを行っている。


お咲を膝の上に乗せ、何だかんだと言っている岩崎の姿に、月子は、まるで親子のようだと思うが、それがまた、自分達の来るべき将来を想像させて月子は、一気に恥ずかしくなった。


「あ、あの、すぐに準備します」


などと、言い訳しながら、月子は台所へ駆け込んだ。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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