記憶は呪いだ。
その時の恐怖や執着が、いつまでもつきまとう。
また、夢を見た。感じたのは誰かへ強い執着。そして、自分よりも遥かに大きく逆らいようがない何かへの憎悪。夢で見た景色は明らか現在のものでは無く、自分のものではない筈なのに何故か色濃く残り、空想や他人事だと言い切れない自分がいる。
一人、ただそんなことを考えていると、担当医師が部屋に入ってきた。
「おお、起きたか。早速検査してくぞ〜。」
「あのごめん。俺何ヶ月くらい寝てた?」
「………何言ってんだお前。…今日普通の寝台だぞ。」
先程のやりとりの後、担当医師はすぐに検査器具を持って来て尋問をを始めた。
「で、何?今日どうしたよお前。何かあったんだろ?」
「何故か今日、夢の中の記憶がいつもより鮮明に見えたんだ。そこまで長くは無かったから、よく分からなかったけど…。」
「なるほどねぇ〜…。」
彼はそう言うと、だいぶ間を開けてから言った。
「…………なぁ、お前はどうしてもその記憶を消したいか?」
「…は?」
俺がそう言うと彼は続けて言う。
「あのさ…これは、俺の持論と仮説だからあくまで判断材料として捉えてほしいんだけど、記憶ってのは人の人格や人柄を構成する一部だと思うんだ。……でも、お前は『今』の記憶が消えても、一切問題が無い。この意味が分かるか…?」
彼とは目覚めてからかなりの時間一緒に過ごしていたと思うが、これほどまでに真剣な顔は、俺の記憶の限りでは見たことが無かった。
目覚めてからしばらくして、前に町で会ったデザイナーと約束していたことを思い出し、病室を抜け出し、集合場所の公園にいった。
集合場所につき、なんとなくでブランコに乗りながら、俺は担当医師に言われたことを考えていた。彼の仮説が合っていれば、混ざった記憶を消せば俺の人格がおかしくなり、消えなくても実験の負荷で今の記憶が消える訳だ。どちらにしてもかなりの支障が出る。ならば、実験をやめるのが妥当だろう。
だが、この記憶をどうするべきか自分でも分からなくなっている。最初は気持ち悪くてしょうがなかった。周りと違うことが怖かった。その感情は覚えている。おそらく以前の俺はそう思っていたから、信用のおける友人であった彼に相談したのだろう。でも、今はそこまで気にならない。というか、他人の記憶であるという認識がないのだ。
そんなことを考えていると、隣のブランコにデザイナーの男が乗っていることに気付いた。
「いたなら言えよ。」
「いや、何か考えてるみたいだったし、さすがに話しかけづらいよ。何か悩みごと?良ければ相談のるよ。」
彼と会って数カ月くらいだが、友人と呼べる程の仲にはなっていた。しかし、彼はこう言ってくれているが、俺が彼から相談を受けたことは一度もない。彼に悩みがないはずがないのだ。この数カ月間、触れないようにはしていたが、彼には度々、原因不明の傷があることがある。それも、指や膝だったら、ただの不注意の可能性もあるが、傷の位置や数がおかしいのだ。週に一回くらいの頻度で、目の近くや額、腕や足など全身に、擦り傷や痣など様々な傷を作っているのだ。そのうえ、まともな処置はしていないように見える。今日だって、前髪で無理矢理隠しているが、目の上あたりにかなり大きい傷が見える。ガーゼどころか、何の処置もしていないようだ。
ここで相談にのってもらえば、彼も俺に相談してくれるようになるだろうか。そう思い、俺は彼に問いかける。
「…なぁ、もしお前に自分の二重の記憶が存在したらどうする?」
彼は驚いたように目を見開いた。
我ながら意味の分からない問いだ。そう思い、取り消そうとすると、彼は言った。
「……どうするって言われても…、誰の記憶があろうが僕は僕でしかないから、どうでもいいかな。」
それを聞いて胸につかえたものがとれたような気がした。
そうだ、どうでもいいんだ。簡単な事だった。知らない記憶があろうと、俺は俺として生きればいい。病室に戻ったら担当医師に実験を中止してもらおう。もう混ざった記憶を消す必要はなくなった。
そう思い、彼に感謝を伝えた。
その後、二人でいろいろと話した後、彼の家に行く事になった。
彼の家につくと、彼は俺にメイクを教え始めた。
「え…?男がメイク!?」
俺が驚くと、彼は少し怒ったように言った。
「男がメイクするのは変って言う価値観は古い!今の時代、ジェンダーレスなんだから、男も女もメイクするし、メイクは一つのかっこよくなる手段なんだから!!」
「お…おお、そうなのか。」
そんなことを言っている内に彼は俺のメイクをし終えたようで、鏡を渡してきた。鏡を見るととんでもないイケメンが映っていた。「嘘だろ。」と俺がつぶやくと、彼は誇らしげな顔で「どうよ。」と言っていた。
そんなやりとりをしていると、突然、着信音が鳴り響いた。
おそらく彼の端末だろう。彼の携帯電話には、女性の名前らしい文字が表示されている。
「おい、ケータイ鳴ってるぞ。でなくていいのか?」
俺がそうたずねると、彼は見るからに引き攣った笑顔で言った。
「…ホントごめん、今日は帰ってもらっていい…。」
その表情からは何かへの恐怖が感じられた。
「もしもし、――――です。先程はでられず、申し訳ありません。」
『もしもし、私は――警察署の者です。今、―――――さんの携帯電話より連絡しています。―――――さんの親族の方で間違いありませんか。』
「はい。あの…、――さんは…。」
『……―――――さんは、50分程前に亡くなられました。』
「…え。」
『……ご自宅から、練炭が発見されました。おそらく、ご自身自ら…。』
「…そう…ですか。」
コメント
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ごめんなさい。 スランプに入ってしまい、投稿が遅れてしまいました。