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「ああ、悪かったな。それで頼む」
目が覚めると一番に聞こえてきたのは雅人の声だ。
けれどそれは優奈へ向けられているものではない。電話の相手はきっと、女の人なんだろう。
幼いながらに悟っていた。
それは、昼寝から目覚めた時。
それは、優奈の部屋に泊まりにきてくれていた時。
それは……。
思い返すとキリがない。
「……まーくん」
いつだって、こうして目を擦りながら名前を呼ぶと、通話を終わらせ、勢いよく振り返り優奈の元へ歩み寄る。
わざと寝ぼけたフリして涙声を出した時もあったっけ。
ぼんやりと、靄が掛かったように時系列が定まらない優奈の頭の中。
「悪い、起こしたか? まだ五時だからもう少し寝ていた方がいい。今日は休みなんだろ?」
「…………え」
(五時って、いつの五時……休みって)
擦った目がヒリヒリと少し痛い。これは、アイメイクを落とさずに寝ていたからだろう。
なぜ? どうして?
優奈は曖昧な記憶を呼び起こすと途端に背筋を伸ばした。
時系列が定まらなかった理由はこれだ。
今の優奈にとって、雅人の声が目覚めの瞬間に聞こえてくることなんてあり得ない。非日常。
(……ヤバい! またやっちゃった!?)
一度ならず二度。
雅人に再び迷惑をかけてしまったようだ。
「す、すみません! え、嘘、ずっとここに? てゆうか私寝て……!?」
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
雅人の顔、そして自分の部屋。
慌ただしく交互に眺めていると。
「もう気分は悪くないか?」
寝起き一番に聞こえてきた先程の声よりも数段甘く、そして柔らかな声が降り掛かり、暖かく大きな手が頭を撫でた。
ほっこりと落ち着く自分が嫌になる。
そして思い知る。
雅人の中で、優奈の存在が、あの頃のまま変わっていないこと。
幼い女の子のままだということを。