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「君ってさあ、どうしようもなく欲しいものって、ないの?」
「はい?」
唐突な問いに、柚はまぬけな声で返した。
それを受けても、変わらず優陽の視線は動かない。笑顔だというのに感じる圧が恐ろしい。いつこんな空気に入れ替わったのか。
「例えば、親の顔色を無視してまで聴きたいものがない、航平を好きだって言っておきながら、他の女跳ね除けて自分のものにしたいって気迫もない」
「そ、それは別に」
関係ないでしょう、と。
続けたいのに声にならなくて。
「理由は知らないけど、会社を辞めて引っ越して? 君には何か見つかった?」
頬杖をつき、下から、睨むように柚を見るその瞳に、いつのまにか笑みはなく。
(この人は本当に……)
人を自分のペースに巻き込み挑発し煽ることが、得意だ。
「……優陽さんに、関係ありますか」
「ん? ないんじゃないかな」
「そうですよね、じゃあ答えなくてもいいですよね」
柚の作り笑いに、人前だというのに我慢できなかった刺々しい声。そして優陽の胡散臭い笑顔が重なって。
なんとも嫌な空気だ。
その空気にのまれてなどいない、呑気なため息のあと、優陽は肩をすくめた。
「君は、ちょっとつつけばすぐに感情の起伏は見えるのにね」
「それは、優陽さんが色々と規格外だからで……」
「誰に、見せたくないの?」
柚の声を遮っての、唐突な問い。
「…………え?」
「誰の為の、君なの? って、俺は思うけど」
声が重なる。
『誰に、見せたくないの?』
『誰の為の、君なの?』
遠い昔、想い出の中。
“あの人”の声も、それを言った。
「べ、別に、私は」
上擦った声で、答えても、答えなんて返せない。
想い出が、時々重なるのはどうしてなんだろう。
思えば初めて会った日の夜も、彼の瞳に既視感を覚えたのは、何故だろう。
もしかしたらどこか、何か。
似ている点があるだけなのだと。
そう、思うのに。
小さな小石を投げ込まれ僅かに波紋が広がるよう、じわりと心に波立つ予感は、なんだろう。
「なーんてね、ごめん。 ちょっと焦れったくてついつい」
戯けた声が張り詰めかけた空気を裂いて。
「さて、と。 着替えておいでよ柚。送るから」
わかりました、と柚は短く答えて頷く。
あの、強風の日から二週間程が経つけれど。
彼の真意は謎のまま。