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その頃、上野は、髭モジャに、馬に乗せられ、大路を駆け抜けていた。
橘から借りた、丈の短い小袖の上から、上着に当たる、褶《しびら》を羽織り、作業用の腰布を巻いた、いかにも、市井のおかみさん風の出立ちで、「頭《あたま》」とやらに、会いに向かっている。
屋敷の守りの為に、腕っぷしが強い若い衆を集める為だ。
屋敷には、守りを司る、随身《ずいじん》という、武の心得がある男達がいる。しかし、髭モジャは、この手の話には、内通者がいる、過去に自分が扱った事件は、概ね、屋敷内の人間が、噛んでいたと言い張って、信頼できる助っ人を集めるべきだと譲らなかった。
晴康も、ほとんどが、何かしら、買収されていると、言い、上野自身も、確かに、屋敷内の雰囲気が、おかしなものになっているのは、感じていた。
「女童子、大丈夫か?!」
「髭モジャ、ねえ、頭って、誰なの?!」
馬に揺られて、舌を噛みそうになりながら、上野は、問った。
出発前、晴康は、昔の紗愛《さな》の人脈に、全てかかっていると、言って送り出してくれたのだが、頭、など、心当たりはない。
髭モジャに聞いても、掴み所のない答えしか帰ってこないわで、上野は、かなり、焦れている。
「よし、馬を降りるぞ。ここからは、歩きじゃ」
なるほど、ごちゃごちゃと、荷車やら、荷箱やら、が、重なるように置かれ、街並みは、一気に、雑多で男臭いものに、変わった。
馬を引き、数歩、歩いたところで、
「おおっ!!紗奈!!紗奈じゃねえかっ?!」
と、どこか、聞き覚えのある声が、上野の頭上から振りかかってきた。
「は?」
「忘れたか?俺だ!荷運びやってた、韋駄天《いだてん》の新《あらた》だよっ!!」
「あーーー!なんで!!」
「なんでも、かんでも、そんなもん。それより、お前、いつから、髭モジャの女房になっちまったんだぁ?!」
「へ?私が?」
「違うぞ、違うぞ!女童子は、お忍びで、街にでたのじゃ!」
髭モジャは、動きやすい格好にした、とか、あくまでも、自分は、お付きだとか、女房殿に聞かれては、叱られるとか、尻に敷かれた亭主の顔を見せている。そんな、髭モジャの事などお構い無しで、上野も、新も、ひさし久しぶりだと、喜びあっていた。
「あ!!そうそう、もうね、それどころじゃないの!新!頭って、人、知ってる?力になって欲しいんだけど、とにかく、急ぐのよ!!」
上野の叫びを聞いた新たは、胸を張り、ウンウンと、頷いている。
もしかして……、と、上野が言うか早いか、
「おう!俺様のことだ!って、ゆーか、正確には、他にもいるがな。おい!他の頭衆を呼んでこい!紗奈ちゃんの大事だと言えよ!」
新は、側に付き従っている、男達に声をかけた。命じられるまま、男達は、散っていく。
「まっ、話を聞こうか。むさ苦しい所だけど、俺んとこの小屋へこいよ」
新は、顎をしゃくって、仕事の詰所に使っているという、筵《むしろ》掛けの入口という、粗末な小屋を示した。