この話には色んな方の地雷を踏み抜く可能性が無いとは言いきれません。
何でも大丈夫だよという寛大な方のみ閲覧してください。
_追記_
この話は約25000文字です。
とてつもなく長いと思うので暇な時に読むのをお勧めします。
長すぎて最後ら辺力尽きてますが、それに関してはごめんなさい。精進します。
拙い文章をどうかお許し下さい。
突然肩に強い衝撃が走った。
「あ、すみませ……」
どうやら通行人と肩をぶつけてしまったようで、謝罪の言葉を述べていると、
「チッ」
と大きく一つ舌打ちをされ、そのままスタスタと立ち去られてしまった。
(はぁ?んだよ、感じ悪ぃな。)
そんな感じで一瞬イラッとすると、隣から囁き声が聞こえた。
「…殺るか?」
囁き声の主は青い悪魔だ。
「殺らねーわ、バカ。つか、街中では出てくんなって言ってんだろ。」
俺が悪魔の頭を軽く叩くと、悪魔は不満そうな顔をして引っ込んだ。
「だ、大丈夫?怪我してない?」
ルイさんが不安そうにさっきのことを心配してくれた。
「はい、全然大丈夫です。ありがとうございます。」
俺が答えると、ルイさんの後ろからスッと黄色い悪魔が出てきた。
「おい、アキト。目的地はまだか?」
上から目線でぶっきらぼうな態度に、思わず苛立ちを覚える。
「もうすぐだって。それに、出てくんなって言ってんだろうが。引っ込んでろ。」
黄色い悪魔はふんっと鼻を鳴らし、
「オレに命令するな、悪魔祓い。」
不快そうにこちらを睨みつけてきた。
「はぁぁぁ???」
そんな態度にイライラしてしまい、黄色い悪魔を睨みつけると、見兼ねたルイさんが口を挟んだ。
「ツ、ツカサくん。今はアキトくんの言うことを聞いて欲しいな〜…」
「む、分かった。」
あっさりとルイさんの言葉を受け入れ、黄色い悪魔はすぐに引っ込んでいった。
「チッ、ルイさんの言うことは聞くんだな。」
吐き捨てるようにそういうと、黄色い悪魔がまた出てきた。
「うるさいぞ、悪魔祓い!オレとルイは友人だから当然だ!」
「ツ、ツカサくん!ここ街だから大人しくしてて〜〜!💦」
困ったようにルイさんは黄色い悪魔を宥めている。
相変わらず2人は仲が良く、いい関係を築いているようだ。
対して俺の方は……
「…なんだ。何か俺に文句でもあるのか?」
俺の心の内を察したのか、青い悪魔が出てきた。
「いや、文句っつーか…」
俺はそこまで言ってため息をついた。
「別に、ルイさんとツカサみたいになりたいとは思わねぇけど、一応俺お前の主人だからな?」
青い悪魔は心外だと言うように口を開いた。
「だからこうして従っているだろう?…まぁ、まだ主人として認めては無いがな。お前のような餓鬼に俺の主人など務まるわけが無いだろう。」
次々と毒を放つ口をどう塞いでやろうかと思った。
だが、コイツからすれば俺が餓鬼なのは事実だ。
俺は一つ息を吐いて気持ちを落ち着かせ、ゆっくり口を開いた。
「要するに、まだ俺の力不足ってワケだろ?すぐ俺を主人だって認めざるを得ないくらいには力つけてやるから、楽しみにしてろよ。」
そう言ってニッと笑顔を見せてやると、悪魔は嫌そうな顔をした。
「…やはり、お前のような人間は嫌いだ。」
「ははっ、そりゃ褒め言葉だな。」
青い悪魔はげんなりとした顔を見せ、すぐに引っ込んでいった。
「おっ、見えたぞ。あれが城だ。」
前方に見える巨大な建築物を指さした。
「わ〜、すごい!大きいねぇ。」
ルイさんも声を弾ませ、少しワクワクしているのが分かる。
「いいか?お前ら、城では絶っ対に大人しくしてるんだぞ。」
俺は2人の悪魔に釘を刺した。
「はいはい。」
「ふん、仕方なくだからな!」
それぞれの悪魔が引っ込んだのを確認して、俺は城の衛兵に声をかけた。
案内された先は、立派な大広間だった。
上座には王が座る玉座だけがあり、依頼主はまだ来ていないようだ。
俺がルイさんと大人しく待機していると、すぐに脇から依頼主が出てきた。
依頼主は玉座に座り、コホンと咳払いをした。
「お待たせしてしまって大変申し訳ありません。遠路はるばるお越しくださりありがとうございます。」
そう言って深く頭を下げられ、負けないようにしっかりと自分も頭を下げた。
「いえ、こちらこそご依頼ありがとうございます。」
依頼主は、見ての通りこの王様だ。
王様はソワソワしていて、早く話したくてたまらないという感じがする。
「…で、ご依頼内容なんですけど、改めて説明して頂けますか?」
俺がそう促すと、王様は”待ってました”と言わんばかりに顔を上げた。
「は、はい!もちろんですとも!実は、最近悪魔が…」
「あら、客人ですか?」
王様の言葉を遮って、女性の声が聞こえた。
どうやら、王様の妻…妃様のようだ。
「あ、ああ!私の大切な客人なんだ。」
「まぁ、そうなのですね!言ってくださいましたら、私もおもてなし出来ましたのに…」
妃様はそこまで言って申し訳なさそうにこちらを向いた。
「何のおもてなしも出来ずに申し訳ありません。私は今から隣国のお茶会に参加しなければならなくて…」
「いえいえ、どうぞお構いなく。」
当たり障り無いように手短に返答を済ませた。
「もう行くのか?」
王様の問いかけに、妃様はコクリと頷いた。
「えぇ。明日の朝には戻りますわ。」
「そうか。気をつけて行ってくるといい。」
「ふふ、ありがとうございます。行ってまいります。」
妃様は俺たちの方にもお辞儀をして、部屋から出て行った。
「ふぅ……」
妃様が居なくなったのを確認し、王様が小さく息を吐いた。
「エクソシスト様…妻から、悪魔の気配を感じましたか?」
王様は縋るようにそう聞いてきた。
「そうですね、微かに感じました。」
思ったままを素直に伝えると、王様はやはり…といった様子で下を向いた。
「エクソシスト様、改めて依頼内容を御説明させていただきます。」
王様は何かを決した様子で話し始めた。
「丁度1ヶ月ほど前でしょうか…妻が、珍しく外出をするようになったのです。妻はどちらかと言うと大人しく、城内で編み物や刺繍をするのが好きな淑やかな女性でした。それが、ある日を境から頻繁に外出するようになり、どこへ行っているのかと尋ねても「お友達のお茶会へ」と答えるのです。少し心配になり、一度城の者につけさせたことがありました。すると、妻はお茶会ではなく、夜に開かれる隣国の仮面舞踏会とやらに参加していたらしいのです。そしてそこで、何やら長身の男と親しげにしていたとか…妻は…絶対、他の男に浮ついたりはしない人なんです…!きっと、その長身の男は悪魔だと…!」
感情が昂ったのか、王様は拳をとても強く握りしめているのが窺える。
「…いいえ、悪魔でなくとも、私にとっては悪魔です。どうか、その正体を突き止めて退治してくれませんか?」
そこまで言うと、王様は深々と頭を下げた。
よく見ると、体が少し震えている。
王様の話は一見、悪魔と断定するには早計だとも思えるが、これ以外にも何となく感じ取れる節はあったのだろう。
実際、あの妃様からは微かに悪魔の気配がした。
「分かりました。引き受けます。」
ここは自分の出る幕だと判断し、依頼を引き受けることにした。
「ほ、本当ですか?!ありがとうございます!!」
王様はペコペコと頭を下げている。
人当たりのいい王様だと思った。いや、実際そうなのだろう。
王様の人柄もあってか、国民からは慕われているようだったし、国も豊かで活気があった。
そんな人の幸せを悪魔に奪われるような事があってはならない。
「滞在期間中は、指定の部屋を自由に使っていただいて構いません。食事もこちらでご用意いたします。」
(お、ありがて〜)
まさか城で料理を用意してくれるなんて思ってなかったから、純粋に嬉しかった。
「妻を…どうか、よろしくお願い致します…!」
「はい。お任せ下さい。」
俺は、王様と篤く握手を交わした。
「うわっ、部屋広っ!綺麗!」
指定された部屋は、さっきの大広間の4分の1程の大きさだった。
とはいえ、普通の宿舎の4倍の広さは確実にあるだろう。
「わぁ〜!すごい、ピカピカしてる…!」
ルイさんも部屋を見渡してキラキラしていた。
「ルイっ、もう出ていいか?」
黄色い悪魔の明るい声が聞こえてきた。
「あぁ、うん。僕らしかいないからいいよ。」
ルイさんが答えると、嬉しそうにルイさんの背中にくっ付いた。
(なんか飼い主と犬みてぇ…)
そんな事を思っていると、黄色い悪魔がこっちを睨み付けてくる。
「おい、今失礼なこと考えただろ。」
「いーや?別に?」
面倒なので適当にはぐらかすと、黄色い悪魔はまた”ふんっ”と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
悪魔の反応に一々イライラしていられない。
俺はまた一つ息を吐いて気持ちを落ち着かせ、青い悪魔の方に話しかけた。
「なぁ、トウヤ。どう思う?」
青い悪魔はいつの間にか隣に立っていた。
「どうとは?」
「ほら、今回の依頼。悪魔だと思うか?」
青い悪魔は少し考えるような間を見せた。
「まぁ…あの女から、悪魔の気配はした。薄かったことを考えると、最後に会ったのは昨晩くらいだろう。」
青い悪魔の言葉に、俺は頷く。
「だろうな。悪魔って仮面舞踏会とか、よく行くのか?」
青い悪魔はまた少し考えて発言した。
「よく行く…それは悪魔によるだろうが、夜に開かれる、それに仮面となると、悪魔にとっては入り込みやすいだろうな。」
スッと視線をこちらに向け、探るような目をされた。
「行くのか?今晩。」
その様子に怯むことなく、普通に答える。
「まぁ、仕事だからな。行くしかねーだろ。」
そう言って更に言葉を紡ぐ。
「あ、ちゃんとお前も連れてってやるから安心しろよ。」
俺が少し笑顔を見せてやると、青い悪魔は”やっぱりか”という風にげんなりした顔を見せた。
「おい、アキト。もしかしてルイも連れて行く気か?」
突然ツカサに話しかけられた。
「え?あー、おう。今のところはそのつもりだけど。」
俺の言葉に、ツカサは少し抗議するような目をした。
「オレは反対だ。仮面舞踏会なんてルイには危険すぎる。」
「えぇ?どういう意味?」
ツカサの言葉に、ルイさんは不思議そうにしている。
ツカサが口を開くより先に、青い悪魔が口を開いた。
「まぁ、たしかに悪魔の餌食にはなりやすいだろうな。囮として連れて行くか?」
「え?!お、囮?!」
青い悪魔の言葉に、ルイさんは少し慄いた様子を見せる。
「お前みたいなどうしようもない役立たずでも、少しは役に立てるかもしれないぞ。」
悪魔はフッと笑みをこぼした。
「う”っ……」
“役立たず”…という言葉が、ルイさんに突き刺さったようだ。
俺はすかさず、青い悪魔に口を挟む。
「だーかーら、お前はすぐそういう事言うなって言ってんだろうが。」
俺が少し口調を強めて言うと、青い悪魔はフイッと目を逸らした。
「ぼ、僕…」
青い悪魔の言葉に傷付き、ルイさんはギュッと両手を握っている。
そんなルイさんの両手に、そっとツカサが手を乗せた。
「ルイ、気にしなくていいからな。トウヤはルイがそれだけ魅力的だって言いたいだけなんだ。」
ツカサがルイさんを宥めると、青い悪魔がまた口を挟んだ。
「いや、違うが?」
悪魔の言葉に苛ついたのか、ツカサは口調を強めた。
「お前はそろそろ黙れ」
そんな2人の様子を見てルイさんはオロオロしている。
青い悪魔を見兼ね、俺は純粋な疑問をぶつけた。
「全く…お前のその、ルイさんにやたら当たり強いのは何なんだ…?」
青い悪魔はスンと澄ました顔をしている。
「俺は事実を述べただけだ。」
「それで、結局連れて行くのか?」
俺は少し考えた。
「いや…辞めておく。今日は視察だけの予定だし、俺とトウヤだけでいいだろ。」
俺の言葉にツカサは安堵したようだ。
「じゃあ、僕は香水の研究を進めておくね。」
ルイさんは少しウキウキとしていた。
ルイさんは調香師という職を結構気に入ってはいるらしく、香水の調香も好きなようだ。
たしかに、この人は現場に向かうよりも研究している方が向いてるかもしれないな、と思った。
「それは、ルイが現場では足でまといになると思っているということか?」
俺の心の声を聞いていたのか、青い悪魔がそう囁いてきた。
「ちげーわ。一々そういう事言うんじゃねぇよ、この悪魔め。」
ベシッと軽く悪魔の頭を叩くと、悪魔は少しムッとした表情を見せる。
「仕方ないだろう。悪魔なんだから。」
少し不貞腐れたような悪魔の様子を見て、”少し厳しすぎたか”と反省した。
「…フッ、餓鬼に叩かれたくらいで俺が傷付くわけ無いだろう。」
そんな俺のことを悪魔は鼻で笑い、小馬鹿にしたような顔を向けている。
「お、お前な…ホントそういう所だぞ…!!」
苛立ちを通り越し、もはや呆れて少し頭を抱えた。
「お前は相も変わらず甘いんだ。その甘さじゃ、すぐ悪魔につけ込まれるぞ。」
そう言って青い悪魔は腕組みしている。
「はいはい。気を付けますよ、っと。」
俺が軽くあしらうと、悪魔は不服そうな顔をした。
「ね、ねぇねぇ。仮面舞踏会って2人で行くんだよね…?」
ルイさんが何故か言いづらそうにそう聞いてきた。
「?はい。そのつもりですけど、どうかしましたか?」
ルイさんはしばらく迷ったあと、やっと口を開いた。
「実は、”仮面舞踏会に行くなら男二人じゃ一緒に動きづらいだろう”って、ツカサくんが…」
よく見ると、ルイさんの手には女物のドレスがあることに気付いた。
「あぁ、だってさ。トウヤ。」
俺が青い悪魔の方に目を向けると、青い悪魔は驚いたような顔をした。
「え?お前が着るんだろう?」
「え??」
予想もしてなかった言葉だ。
「い、いやいや。普通お前だろ。悪魔って変化出来るし、女になればいいじゃねーか。」
俺の言葉に、青い悪魔はキョトン顔で答える。
「それじゃ面白く無いだろう。お前が着ろ。」
「い、いいや!ちょっと待て!」
ここから俺と悪魔の攻防戦が始まった。
「仕事だぞ?別に面白さ求めてねーし、普通に考えて俺が着るのはキツイだろ。」
「それが面白いんじゃないか。悪魔は面白い事が好きなんだ。」
「変化出来るんならお前が着る方が自然でいいだろ!お前が面白いことが好きとか関係ねーから!」
「お前の骨格は華奢な方だし、足は…少しアレだが、ドレスなら隠れるから問題無いだろう。」
「おい、アレっつったか??いや、もうこの際何でもいいわ。絶対俺は着ねぇからな!」
「いいのか?悪魔は嫌がる人間も好きなんだぞ。」
「ニヤニヤしてんじゃねぇよ。とにかく、お前が着た方が絶対にいい。譲らねぇ。」
「はぁ…全く、相変わらず頑固だ。埒が明かないな。」
青い悪魔はツカサとルイさんの方に目配せした。
「あの二人に決めてもらおう。人間とは、こういう時多数決をとるんだろう?」
「えぇ…」
俺は乗り気にはなれなかったが、確かにこういう時は多数決かジャンケンだ。
「分かった。…じゃ、ツカサとルイさん。選んで下さい。」
もう既に俺とトウヤで互いに1票ずつ入ってるから、3票になった方が着ることに決まる。
けど、偶数だと普通に同票になる確率のが高くないか…?と思ったが、まぁそれで決まらなければジャンケンでもすればいい。
「アキトでいいんじゃないか?トウヤの女姿など見ても何も面白くないしな。」
黄色い悪魔がそう言った。
現在、俺に2票、トウヤに1票だ。
ルイさんの意見で決まるか、ジャンケンになるかだが…
「ぅ…えっと、ぼ、僕は…ど、どうしよう…」
俺に助け舟を出したいが、青い悪魔が怖い…というルイさんの思考は容易に察する事が出来た。
チラチラと俺と悪魔の方を交互に見ている。
「相変わらず愚図な奴だ。この程度も自分で決められないとは。」
青い悪魔は呆れたように息を吐いた。
「う、ご、ごめんなさい…!」
青い悪魔の言葉にルイさんはビクッと体を震わせる。
そんなルイさんの様子を見たツカサが、優しくルイさんの背中を撫でた。
「まぁまぁ。ルイは優しいから悩みすぎちゃうだけなんだよな。どちらを選んでも誰も怒らないから、自分の思う方でいいんだぞ。」
優しい声色でルイさんを宥める黄色い悪魔を見て、青い悪魔は面白くなさそうな顔をしている。
「ツカサくん…えっとね、僕…」
自分ではやはり言いづらかったのか、ツカサに耳打ちして伝えているようだ。
ルイさんにしっかり耳を傾け、ツカサは俺たち2人の方を見た。
「よし。お前ら、同票だ。別の方法で決めろ。」
ツカサは”よく言えたな”とルイさんの頭を撫でている。
「やっぱり、多数決の意味なかったな。」
俺がそう言うと、青い悪魔も頷いた。
「ああ。無駄な時間を過ごしてしまった。」
こういう場合はジャンケンだが、コイツにジャンケンで勝てる自信はない。
何かもう少し勝機のありそうな決め方はないかと考えていると、痺れを切らした悪魔が話しかけてきた。
「なぁ、アキト。別に俺は女の姿をするのが嫌なわけじゃないんだ。むしろ、それに関しては何とも思っていない。」
“急に何だ”と思ったが、そのまま話を聞くことにした。
「仮に、俺が女になったとしてだ。お前、ワルツ踊れるのか?」
突然出てきた”ワルツ”という単語に一瞬フリーズする。
「ワルツは男側がリードしなければ女は踊れない。逆に言えば、女が踊れなくても男がリードすれば多少は踊れる。そして、舞踏会では必ずと言っていいほどワルツを踊る。」
次々と放たれる言葉に嫌な予感がした。
「お前は俺をリード出来るほど、ワルツが上手いのか?」
青い悪魔は責めるわけでもなく、ただただ純粋に聞いてきた。
俺が返す言葉を必死に探していると、黄色い悪魔が”やれやれ”と言った様子で口を挟んだ。
「アキト。これは潔く諦めた方がいいぞ。トウヤにお前が勝てるとは思えん。」
黄色い悪魔はトウヤの実力を分かっているようで、そんな事を言ってきた。
実を言うと、俺はワルツなんか踊ったことが無い。
ツカサの言う通り、トウヤに勝る実力は俺にはないだろう。
俺は長考の末、苦渋の決断を下した。
「分かった。……俺が着る。」
青い悪魔と黄色い悪魔が面白そうな顔をしたのが分かった。
黄色い悪魔がワクワクした様子で、さっきまでルイさんが持っていたドレスを持っている。
青い悪魔はどこから出したのか、化粧道具を持っていた。
俺はとてつもなく嫌な予感を感じながらも、着ると言った手前、撤回は出来ない。
2人の悪魔は楽しそうに俺の事を着飾り始めた。
「……むぅ、出来たはいいが、、」
黄色い悪魔は少し渋い顔をして続けた。
「なんか…ビミョーだな!」
ハッキリそう言われ、思わずカチンとくる。
「うるっせーな。お前らがやったんだろうが。」
俺の言葉に、黄色い悪魔は何とも言えないような顔をした。
「いや、何と言うか…似合ってないとバカにする程でも無いし、特別似合っていると褒める程でも無いからな…」
「それが1番傷付くんですけど??せめて笑ってくれよ。」
俺と黄色い悪魔のやり取りを見て、ルイさんが”でも”と付け足す。
「僕はすごく綺麗だと思うよ。その…色も君にとても良く似合ってるし。」
ルイさんの優しい世辞が少し照れくさい。
「ありがとうございます、ルイさん。…おい、お前もそろそろ何か言えよ。」
ルイさんに謝辞を述べ、俺はずっと黙ったままこちらを見つめる青い悪魔に話しかけた。
「似合わねぇって笑うか、世辞でも褒めるかのどっちかにしろよ。ツカサみたいに微妙なんて言ったらぶっ飛ばすからな。」
青い悪魔は顔色1つ変えず、俺の方を見て言った。
「あぁ、俺は愉快だと思うぞ。悪くはないんじゃないか?」
予想外の返答に、思わず一瞬思考を止める。
だが、すぐに思考を再開した。
一見すると褒めているように聞こえるが、コイツが俺を褒めるはずがない。
愉快→面白い→似合ってない
悪くない→(“自分にとって”悪くないという意味だろうから)面白い→似合ってないという事だろう。
つまり、コイツは今遠回しに似合ってないとバカにしたわけだ。
(素直に受け取って喜ばなくて良かった…恥かくとこだったわ)
ま、コイツに褒められても別に嬉しくねぇけど…そんな感じのことを考えていると、青い悪魔がクスッと笑みをこぼした。
「疑い深い奴だな。素直に受け取れば良かったものを。」
その言葉の裏を考え、俺は瞬時に理解した。
「残念だったな。俺に恥かかせられなくて。」
俺の返しに、青い悪魔は面白そうに目を細めた。
「…それにしても、こんなんで踊んのか?すげー動きづらいんだけど。」
俺は重くなった下半身で、少しステップを踏んでみる。
「そこに関しては慣れろ。あと、舞踏会まではまだ時間があるだろう。とりあえず簡単なワルツだけ少し練習するぞ。」
青い悪魔が俺の右手を握った。
「左手は俺の腕辺りに添えて、少し後ろに仰け反れ。ちゃんと支えておくから体重をかけてもいい。これがワルツの基本姿勢だ。」
俺は言われた通り腕辺りに手を添え、少し後ろに仰け反った。
続けて、悪魔がステップの説明をする。
「まず、この動きが”ボックス”。これを2周する。」
俺は悪魔の動きに合わせ、右足を後ろ、次に左足で左に移動し、そのまま左足で前に出る動きを繰り返した。
「…そう。筋はいいじゃないか。」
「次に、これが予備歩。言い忘れてたが、全て123のリズムだ。」
あまりにサラッと流されて気に留める暇も無かったが、もしかして今褒められたのだろうか。
トウヤの言葉を反芻し、少し頬が緩んだ。
「…おい、何を笑ってる。」
悪魔に顔を近づけられ、素直に思ったことを伝えた。
「いや、お前に褒められるなんて思ってなかったからさ。ちょっとな。」
俺の言葉に、トウヤは少し呆れ顔になった。
「ちょっと褒められたくらいでそんなに喜ぶなんて、単純過ぎるだろう。…次はターンだから、しっかり聞いておけよ。」
「わぁ…2人ともすごいね!トウヤさんは何と言うか、やっぱりちょっと様になるよね。」
ルイが少しワクワクした様子でそう言った。
「…ルイもやってみるか?」
サラッとルイの髪を撫でてみる。
「え?」
オレの手を払う様子もなく、オレが放った言葉の意味を知りたそうな顔をした。
「ルイも一緒にワルツ踊ってみるか?」
先程よりも分かりやすいように言い直した。
「え、ぼ、僕?!」
ルイはブンブンと首を横に振った。
「僕は無理だよ。鈍臭いし、踊ったことないし、ツカサくんの足踏んじゃうかもしれないし…」
相変わらず、ルイは自分のことをよく分かってないようだ。
ルイのポテンシャルは、ルイが思っているよりずっと高いのに。
「大丈夫だ。やるだけやってみないか?踊ったことがないなら、オレが教えてやろう。」
俺はルイの右手を握り、腰に手を回した。
「…えっ。やっぱりツカサくんがそっち…なの?」
ルイは少し言いづらそうにしている。
「む、踊ったことがないならオレがリードした方がいいと思ったんだが…こっち側が良かったか?」
「ああ、いや。そうじゃなくて…」
ルイの視線で、何となくルイの言いたいことを理解した。
「…ああ、身長差か?たしかに、お前の方が高いと踊りづらいな。」
オレはルイを少し越すくらいまで身長を伸ばした。
「ほら、これで良いだろう?」
「えっ?!」
ルイは驚いた顔でオレを見上げたと思ったら、急に頬を染めて下を向いた。
「む、ルイ?」
オレが少し屈んでルイの顔を覗き込むと、ルイはまた目を逸らした。
目を合わせてくれない事にショックを受け、必死にその理由を探す。
オレの様子を察し、ルイが慌てて口を開いた。
「ご、ごめんね、ツカサくん!ただ、ちょっとビックリ…っていうか、ドキドキ?しちゃって…」
ルイの頬は先程よりも紅潮しているように見える。
「なんだかツカサくんがいつもよりカッコよく見えちゃって…や、やっぱりいつものに戻って!」
ルイに褒められ、オレの機嫌は一気に良くなった。
「ルイが折角カッコいいと褒めてくれたのに、戻ってしまうのは勿体ないな。」
オレは少しルイを煽るように手で髪を梳いた。
「う…///」
ルイは頬を熟れた林檎のように真っ赤に染めている。
「カッコイイけど…僕は、いつものツカサくんの方が好き、かも…」
チラッと上目遣いでそんなことを言われれば、誰だってこんな気持ちになるだろう。
オレは”可愛い”、”抱き締めたい”という気持ちを抑え、すぐ元の身長に戻した。
「…うん。ふふ、そっちのが好きだよ。」
ふわっと柔らかく笑うルイを見ていると、つられて口元が緩んでしまう。
それと同時に、オレはこんな風に笑うヒトを傷付けて、酷いことをしてきたのかと罪悪感に苛まれる。
最近、ふとした時に考える。
オレは本当に、ルイの傍にいてもいいのだろうか?
「…じゃあ、2人とも行ってらっしゃい。気を付けてね。」
扉先でルイさんに見送りの言葉をかけられた。
「はい、行ってきます。」
俺が扉に手をかけた時、”あっ”と何かを思い出したかのように小瓶を取り出した。
「これ、香水。こっちは今つけて、こっちはもし何かあった時に使って。」
香水を一振りされ、小瓶を手渡された。
「それは新作の悪魔退治用の香水。前よりももっと効くと思う。」
ルイさんの頼もしい言葉に、思わず笑みをこぼす。
「流石。ありがとうございます。」
小瓶を懐に大切に仕舞い、もう一度扉に手をかけた。
「じゃ、行ってきます。」
「…うん。行ってらっしゃい。」
ルイさんが何か少し気がかりそうな顔をしていたのを、俺は見逃した。
少し長い道のりを馬車で走り、着いた頃にはもう月が上がっていた。
「…思ったより、人多いな。」
会場はそれほど大きくは無かったが、その分人口密度が高く感じられた。
「ああ。いくつかヒトでない者が混ざっていても、これでは分からないだろうな。」
青い悪魔は仮面の下でニヤッと笑った。
「だな。こりゃ苦労しそうだ。」
俺が右手で頭を搔こうとすると、それをトウヤに阻止された。
「あ?何だよ?」
トウヤは呆れたように人差し指で俺を黙らせた。
「今、お前は淑女だ。そういう言葉遣い、行動は慎め。もっと淑やかに演じろ。」
「…チッ、分かったよ。」
俺は手を下ろし、少し皺になったスカート部分を手で”パンパン”と伸ばした。
「よし、行くぞ。トウヤ。」
「アキト、言葉遣い。」
「行くわよ、トウヤ。」
会場内に入ろうとすると、護衛のような者に呼び止められた。
「失礼。招待状はお持ちですか?」
(げ、招待状?)
不覚だった。招待状が必要だなんて聞いていない。
俺が静かに焦っていると、青い悪魔が懐からスッと何かを取り出して護衛に差し出した。
「もちろん持っています。こちらでよろしいでしょうか?」
差し出したのはどうやらカードのようなもので、それを見るなり護衛の顔色が変わった。
「ア、アルメリア様のご招待でしたか!失礼致しました!」
護衛はあたふたと深くお辞儀した。
「どうぞ、存分にお楽しみ下さい。」
「ええ、ありがとうございます。」
護衛の言葉に、悪魔は人当たりの良い笑顔を作った。
トウヤにエスコートされ、会場内に踏み入る。
「…お前、招待状なんて持ってたのかよ。」
俺は答えを分かっていながらもそう聞いた。
「フッ、偽装に決まってるだろう。基本中の基本だ。あと、言葉遣い。」
「あら、失礼。」
トウヤに指摘され、少し咳払いをする。
「アルメリアって誰なの?有力な貴族?」
精一杯言葉遣いと語尾の発音に気を付けて発言した。
「恐らく、この仮面舞踏会の主催者だ。たまたまさっきそこで噂されているのを聞いたものでな。」
トウヤの言葉に”へぇ〜”と感心する。
「それにしても、この中から妃様を見つけるのは苦労しそうね。」
会場いっぱいの人を見渡し、少しテンションが下がる。
「アキト。この場では妃と言うべきではない。何か別の呼び方にしよう。」
少し声をひそめた吐息が耳にかかる。
「別の?ん〜分かりやすいのは…そのまま”クイーン”とかじゃダメ?」
「あぁ、いいんじゃないか?それと、ここでは本名を呼び合うのも禁止なんだ。”仮面”舞踏会だからな。」
トウヤは俺の顔辺りに手を伸ばし、クイッと少し俺の仮面の位置を直した。
仮面は顔全体を隠すものではなく、目元が隠れ口元は見えるようになっている。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「女性の事は”レディ”、男性のことは”ジェントル”と呼ぶのが一般的なルールだ。」
“レディ”と”ジェントル”という聞き慣れない言葉に、自分は今社交界に来てるんだなと実感する。
「そうなのね。他に何かルールはある?”ジェントル”。」
「大方このくらいだが、くれぐれも俺からは離れないようにしろよ。”レディ”。」
レディと呼ばれ、少し可笑しくなる。
「じゃあ、行きましょうか。」
この仮面舞踏会では、まずは社交として立食パーティーが開かれ、その後に舞踏会が始まる流れらしい。
会場にはたくさんの美味しそうな料理が並べられており、キラキラして見えた。
(おぉぉぉ…!!✨️)
あれもこれもと眺めていると、隣から呆れたようなため息が聞こえた。
「はぁ…相変わらずの食い意地だな、レディ。…少しくらいなら、別に食べてもいいんじゃないか?くれぐれも、綺麗にな。」
トウヤの言葉に思わず歓喜してしまった自分は単純だ。
「じゃあ、私アレ食べたい!」
「どうぞ。ドレスは汚さないように気を付けろよ。」
美味しそうなケーキにフォークを入れ、1口頬張るとクリームの甘さと苺の甘酸っぱさがいっぱいに広がった。
「ん〜!美味〜」
久しぶりのスイーツに幸せな気分になる。
ふと、青い悪魔がじっと見つめているのに気付いて慌てて弁明した。
「わ、悪い!仕事だよな、はしゃぎすぎた。」
小声でそう伝えると、トウヤは”いいや。”と答えた。
「今のは淑女らしくて良かったと思うぞ。あぁ、言葉遣いは少し気を付けた方がいいが。」
褒められた事に喜べばいいのか、淑女らしいと言われた事に複雑な気持ちになればいいのか分からなかった。
ケーキを平らげ、そこらかしこを歩き回っている仮面をつけたウエイターに皿とフォークを回収してもらい、仕事に戻った。
「…で、クイーンはいた?」
トウヤはフルフルと首を横に振った。
「見当たらなかった。とにかく、クイーンについて情報を集めよう。」
トウヤの目を持ってしても見当たらないということは、今この場にはいないのか?
「あぁ、あそこのレディ達とか良さそうだな。少し聞きに行くぞ。」
トウヤは3人でクスクスと談笑している女性達の方へ歩き出した。
「今晩は、レディ。」
相変わらず人当たりのいい笑顔と声色で話しかける様はとても自然だ。
「私、この舞踏会に参加するのは初めてでして。少しお話して頂けませんか?」
トウヤの言葉に、3人のレディは機嫌良さそうに答える。
「えぇ、勿論ですわ!」
と、星空のようにキラキラしたドレスを纏ったレディ。
「仮面の上からでも分かる男前なジェントルに声をかけて頂けて光栄ね♡」
と、黄色いブロッサムを頭に飾ったレディ。
「何のお話をしようかしら♪」
と、大粒の真珠の耳飾りを纏ったレディ。
3人ともきっと上流階級の貴族であることが窺える。
「ありがとうございます。」
情報を上手く聞き出すのはトウヤの方が適任だろう。
俺はトウヤの後ろで大人しくしていようと決めた。
「レディ達はこの舞踏会に参加するのは初めてですか?」
「ふふ、いいえ。私達、ここの主催者とお友達でして、毎回参加させて頂いてるんです。」
「そうなんですね!では、ここにいる方々はほとんど顔見知りばかりなんですか?」
「う〜ん、3分の2くらいは顔馴染みのメンバーよ。あ、仮面付けてるから仮面馴染みかしら?うふふ♡」
「でも、毎回来てるメンバーは決まってるわよね。あぁ、そういえば今日もあの方来てらしたわよ♪」
「あの方…?」
「うふふ♡ここだけの話よ?ここに隣国の妃様も参加してるの♡」
「クス、やだ。あんまりそういう事言っちゃダメよ。」
(隣国の妃…!)
聞こえてきた単語に反応する。
どうやら、トウヤの読みは当たっていたようだ。
「すみません、そのお話詳しく良いですか?」
「あら、貴方もこういう話が気になるの?見かけによらず好き者ねぇ♪」
「隣国の妃様いるじゃない?あの方、毎回ここに来ては毎回同じジェントルと踊っているのよ♡」
「これが世間に知れたらと思うとワクワクしちゃうスキャンダルよねぇ♪」
「その…妃様は今日も来てらっしゃるんですよね?」
「えぇ。あぁでも、立食パーティーには毎回参加しないの。参加してるのは舞踏会だけ。」
「それは何故ですか?」
「さぁ…?詳しくは知らないけど…そうだ!この間、会場の裏に例のジェントルと一緒にいたのを見た人がいるって聞いたわ!」
「うふふ♡きっとジェントルと密会してるのね♡」
「なるほど…面白いお話をありがとうございます、レディ。」
「ふふ、いいえ。パーティー楽しんでね〜♪」
ばいば〜いと言いながらヒラヒラ手を振る3人のレディに別れを告げ、人の少ない場所まで移動した。
「中々有益な情報が手に入ったな。」
仮面から見える口元はニヤッとしている。
「クイーンは立食パーティーの時間帯、会場の裏にいるらしい。」
「舞踏会までは…あと大体30分か。時間あるし、ちょっと見に行ってみるか。」
「ああ。」
会場の外は冷えており、俺は袖のない腕を少しさすった。
「裏…って、湖あんのか。木も丁度いいくらいに生えてるし、密会には最適かもな。」
水周りだから少し冷えるというのもあるのだろう。
無意識のうちに腕をさすっていると、肩にパサッと何かがかかった。
「ん?…え、トウヤ?」
見ると、肩にはトウヤが羽織っていた上着がかかっていた。
まさか俺が寒がっているからといって、あの悪魔がこんなこと優しさでするわけ無いだろう。
どんな裏が?どういう風の吹き回しで?
ぐるぐる思考を巡らせていると、深いため息が聞こえた。
「はぁ……”レディ”が寒そうにしていたらこうするのが当たり前だろう。悪魔は暑さ寒さなど感じないし、戻るまでそれを羽織ってるといい。」
直感でこの発言には裏がないと感じ、思わず感心する。
「お前、意外と紳士的なんだな。いつもそんなんならいいのに。」
「お望みとあらば演じてみせるが?」
俺は紳士的な青い悪魔を想像し、身震いした。
「いや…やっぱいいわ…」
「本当に失礼な奴だ。お前が言ったんだろう。」
そんなやり取りをしていると、すぐ近くで声が聞こえた。
『___で、_よ。___わ。』
女性の声で、聞き覚えのある。
そう、例の妃様だ。
俺とトウヤはすぐに口を噤み、身を潜めた。
『___さ、____ら。』
今度は男の声が聞こえてきた。これが恐らく例のジェントルだろう。
たしかに少し悪魔の気配がする。
先程から必死に耳をすましているが、所々の単語しか聞き取れない。
チラッとトウヤの方を見た。
トウヤはジッと静かに2人のいる方に耳を傾けている。
悪魔は人より五感が優れている。恐らくトウヤには何を話しているのか聞き取れているだろう。
しばらくの間話し声が聞こえていたが、どうやらそろそろ舞踏会が始まるようで、2人が会場に戻っていく足音が聞こえた。
「…行ったな。俺達も戻ろう。」
トウヤは軽く足元の土を払う仕草をした。
「何て言ってたか聞き取れたか?」
俺もドレスのスカート部分を軽く叩いた。
「あぁ、もちろん。だが…やはり、人間というのは面倒くさいな。」
青い悪魔は”やれやれ”と呆れ顔をした。
「クイーンはどうやら、夫の気を引くために舞踏会に参加していたようだ。例のジェントルは、それにつけ込んでいる。」
呆れ顔のまま更に続けた。
「クイーンの魂は削れていた。恐らく、少しずつ喰われてるんだろうな。」
「!!」
“魂”、”喰われている”…という言葉に嫌な汗が流れる。
「さて…舞踏会で少し近付いてみるぞ。レディ。」
スッと差し出された手に右手を乗せた。
「えぇ、ジェントル。」
ざわめき立っていた会場も少し静まり、綺麗な三拍子のクラシックが響く。
この時間は一緒に踊る相手を見つける時間だ。
(踊れるかな…俺、練習はしたけど…)
そんな感じで少々不安な気持ちに襲われる。
らしくないのは分かっているが、やはり少し緊張する。
ぐるぐると考えが巡り、突っ立っていた時…
「俺と踊って頂けますか?レディ。」
突然そんな感じでトウヤに手を差し出された。
「えっ」
あまりに予想外のことが重なり、そんな間抜けた声を出す。
しかし、本来の目的を思い出してトウヤの手をとった。
「えぇ、もちろんです。ジェントル。」
曲が始まる。
練習した通り基本姿勢をとった。
「お前は俺の動きに合わせればいい。とにかく着いてこい。踊りながら少しずつクイーンに近付くぞ。」
トウヤの囁きに頷く。
曲が始まり、全員優美に踊り出した。
(右足、後ろ、左足で移動、前……)
トウヤの動きと合わせるのに必死で、周りを見る余裕は無い。
(ここでトウヤに合わせてターン…!)
しばらく周りを見る余裕は無かったが、流石に”それ”には気づいた。
いる。隣に、悪魔が。
禍々しい気配を隣に感じ、少し身構える。
曲も終盤に差し掛かり、あとは簡単なターンを繰り返すだけだ。
少し余裕が出来た俺は、チラッと盗むように妃の方を見た。
妃の焦点は合っておらず、どこか虚ろに見える。
それでも、動きだけは優美で可憐だ。
ジェントルと息を合わせて、ピッタリと。
まるで操り人形のように。
曲が終わった。
次の相手に声をかける時間もあって、次の曲が始まるのは約5分後だ。
「なぁ、トウ…ジェントル?」
俺はトウヤの首周りを掴み、自分の方に近付けて耳打ちした。
「今日は一旦、これで退く。帰るぞ。」
恐らくもう12時頃だろうか。
満月が真上まで来ている。
会場の外は相変わらず静かで冷えていた。
俺は待たせていた馬車に乗り込み、城への帰路につく。
「疲れたーーーー…!!」
馬車に乗り込み、思いっきり手足を伸ばした。
「しっかし、この服本当に重てぇな…貴族サマはこんなん着てんのか…」
ずっしり重いスカート部分を持ち上げる。
「…まさか、まだ気付いてないのか?」
青い悪魔は驚いたような呆れたような声を出した。
「はぁ?何が?」
ワケが分からず、その言葉の意味を問う。
「いや…どう考えてもおかしいだろう。そのドレス、体感何キロだ?」
何キロ…と聞かれ、スカート部分を少し持ち上げた。
「ん〜…10キロくらい?いや、もっと軽いか?」
「いいや、10キロ程で合っている。まぁ、一般的なドレスは重くても5キロ程だが。」
「え?」
一般的な重さの倍って事か?
「そのドレス、誰が持ってきた?」
「ルイさんだったはず…あぁ、けど、ツカサに言われたって…」
ハッとしてある事に気付く。
「そうだ。そのドレスはツカサがお前への嫌がらせで用意したものだ。」
「なっ!?」
思いもよらなかった事実だが、たしかにこれは重すぎる。
「ルイが終始気まずそうな、何か言いたそうな顔をしていたのはソレだろうな。尤も、俺もお前がそこまで気付かないとは思わなかったが。」
俺はルイさんの気がかりそうな顔を思い出す。
あの人は思ったことを自分から言い出さない事が多いし、あまり気にも留めていなかったが…
「クッソ!道理で重てぇワケだ!無駄に体力使っちまった…!!」
一瞬ツカサへの怒りが昂ったが、すぐに治まった。
「…いや、まぁ…トレーニングになったとでも思えばいいか。」
すぐに怒りが治まった俺を見て、青い悪魔は落胆の声を洩らした。
「…やはりお前はつまらない人間だ。」
「そりゃどーも。」
こういう返しをした時、青い悪魔は決まってげんなりした顔を見せる。
「まぁ、帰ったら1発はツカサのことぶん殴ってやるけどな。」
「フッ、それはいい。」
突然馬車内が大きく揺れた。
「うおっ?!」
受け身を取り損ね、そのまま端の方に体をぶつける。
「痛ってぇ……急になんだ?」
ぶつけた腕を少し抑えながら状況を把握しようと声をかける。
「アキト、外へ出るぞ。」
「え?」
突然腕を掴まれ、そのまま車外に放り投げられた。
「は??」
混乱と困惑で思考が止まってる。が、お構い無しに体が宙に投げ出された。
景色や時間の流れがスローモーションのように遅く感じる。
その時に見えたのは、俺を放り投げた青い悪魔と、御者※が居なくなった空っぽの座席。
※…馬車を運転する人のこと
(御者がいない…?)
そんな疑問が横切った瞬間、体が地面に叩きつけられた。
今度は受け身をとったが、勢いのあまり止まることなくゴロゴロと転がり、近くの木にぶつかってようやく止まった。
(痛……って、そうだ。トウヤは?)
さっきまで馬車があった場所に目を向ける。
しかし、そこにはもう馬車は無かった。
あったのは、ペシャンコに潰れて原型もない金属の塊だけ。
「…は?」
状況がイマイチ飲み込めず、俺は痛めた腕を抑えながら立ち上がった。
幸い、痛めたのは左腕だけで、利き腕と足は無事だ。
「おい、トウヤ?!どこにいる?!」
あのペシャンコに潰れた中にいるとは思えないが、姿が見当たらず少しの不安に駆られる。
「トウ…」
もう一度名前を呼ぼうとした時、後ろから手で口を塞がれた。
「五月蝿い。俺はここにいる。」
聞き覚えのある声に少し安心したのも束の間。
俺は口を塞いでいる手を払い除け、後ろの悪魔に問いかけた。
「何があったか説明してくれ。何で馬車があんなに潰れてるんだ?」
悪魔は払われた手を不服そうに仕舞った。
「悪魔だ。舞踏会の悪魔が俺達を追いかけてきたらしい。馬車が潰れているのは、中にいた俺達を潰すつもりだったからだろう。」
あのまま馬車の中にいたら…想像するだけで悍ましい。
「…ん?じゃあ、肝心のその悪魔はどこへ行ったんだ?」
辺りを見渡すが、悪魔などどこにも見当たらない。
〈うふふっ、ここにいるわよ。〉
突然頭上から声が聞こえ、見上げると木の上に座っている人物が目に入った。
「!!」
俺が後ずさると、ストッと地面に降り立ってきた。
「今晩わぁ♪今日も月が綺麗ね♪」
口元に手を当て、不敵な笑みを浮かべる顔が月に照らされている。
その悪魔は左右非対称で長いサクラ色の髪を持ち、サファイアのような青い瞳を持っていた。
「お前が…例の”ジェントル”か?」
俺は警戒しつつ、目の前の悪魔に問いかけた。
「うふふっ♪初めまして。私はルカ。」
“ルカ”と名乗った悪魔は質問には答えず、楽しそうに目を細めている。
「よろしくね。可愛い悪魔祓いさん♪」
獲物を狙うような視線に、背筋がゾッとする。
すると、青い悪魔が俺の1歩前へ出た。
「あらぁ…私は別に、貴方に興味は無いのだけれど。」
サクラ色の悪魔は面白くなさそうに髪の毛をくるくると回している。
「アキト、今日は俺がコイツの相手をしてやる。その服じゃいつものようには動けないだろう。」
青い悪魔は先刻のように上着を俺の肩に羽織らせるように投げた。
「それ、邪魔になるから預かっていてくれ。」
向けられた背中が頼もしく感じた。
本当に今日はどうしたのだろうか。
俺がドレスを着ているから?”レディ”として扱われているから、今日はこんな風に接してくるのだろうか。
何にせよ、違和感しかなくて落ち着かない。
何か他の理由、もしくは裏があるに違いない…とは思ったが、その理由は案外単純なことに気づいた。
サクラ色の悪魔と対峙した時、青い悪魔の口元は微かに上がっていた。
俺でも感じる。あの”ルカ”という悪魔はそれなりに上位の悪魔だと。
恐らくあの青い悪魔は、久しぶりに楽しめそうな対象を見つけて機嫌が良いのだろう。
そう。コイツは別に俺がドレスだから、動きづらいからとかいう理由で前に出たんじゃない。
ただ自分が楽しめそうだったから。それが理由だろう。
「あらぁ…私、貴方の後ろの子と遊びたいんだけど?」
「お勧めはしないな。アイツは俺たちにとってつまらない人間だ。」
「うふふ♪そんなの、つついてみないと分からないじゃない?」
「既につついた悪魔からの助言だ。」
「あらぁ、そうなのね。でも…私、やっぱり面白そうな玩具は自分でつついてみたいわ♪」
しばらく緊迫した空気が流れる。
お互いに機会を窺っているようだ。
先にこの緊迫した空気を切り裂いたのはサクラ色の悪魔だった。
素早く宙を舞い、紫色のオーラを放った刃のようなものを青い悪魔目掛けて投げつける。
しかし青い悪魔は一切動じず、指先をくるっと回した。
すると青い悪魔目掛けて飛んでいた刃がくるっと方向転換し、サクラ色の悪魔目掛けて飛んで行く。
それを片手で制し、サクラ色の悪魔は近くの木に飛び移った。
「うふふ、そう来なくちゃね。」
「舐められたものだ。その程度の魔術が通用すると思われているとは。」
「うふふ、ごめんなさいね。悪気はないのよ♪」
今度は青い悪魔が仕掛けるようで、指先を上から下になぞるように動かした。
途端、サクラ色の悪魔の腕は強い圧力がかけられたように捩じ切れ、鮮血が辺りに飛び散る。
「あらぁ、油断しちゃったわ♪」
「体を捩じ切るつもりだったが…やはり少しは楽しめそうだ。」
捩じ切れたはずの悪魔の腕は既に再生しており、傷一つない。
次はどちらから仕掛けるのか…と思ったら、突然青い悪魔の片腕がストンと切り落ちた。
そんな素振りは一切なかったが、サクラ色の悪魔が仕掛けたのだろう。
「お返し♪気に入ってくれたかしら?」
「…あぁ、悪くない。」
切り落とされたはずの悪魔の腕も既に再生しており、感触を確かめるように手を開いたり握ったりしている。
そこからはほぼ互角と言っていい展開だった。
青い悪魔が体に穴を空ければ、サクラ色の悪魔も同じように返す。
サクラ色の悪魔が体の一部を吹き飛ばせば、青い悪魔も同じように返す。
こんな感じの事をしばらくずっと繰り返していた。
あれからだいぶ時間は経ったが、2人の悪魔は息切れすらしておらず、終始愉快そうだ。
このままでは埒が明かないと思い、俺は1人でこの状況を打破する方法を練ることにした。
(大体あと2時間くらいで日が昇り出す。それまでに決着がつかなければ恐らく逃げられるだろう。)
(そうなりゃ最悪だ。今、ここで確実に祓える方法は…)
ふと懐に手を入れ、手に当たったものの存在を思い出しておもわず笑みがこぼれる。
「ハッ…あるじゃねぇか。すっかり忘れてたぜ。」
サクラ色の悪魔は空中を飛んでいた。
何とか地面に降り立つ瞬間は無いかと機会を窺う。
(一瞬でいい…!地面に近付くだけでもいいから、降りてこい…!)
一瞬、青い悪魔がこちらに目を向けた気がした。
次の瞬間、青い悪魔は翼を広げてサクラ色の悪魔よりも高い位置まで飛んだ。
その位置から一体何をしたのかは分からないが、サクラ色の悪魔が何かを避けるように軽やかに舞い、そのまま地面へ降り立った。
(今だ!!)
俺は全力でサクラ色の悪魔目掛けて小瓶を投げつけた。
ルイさんに貰った、新作の悪魔退治用の香水が入った小瓶だ。
サクラ色の悪魔が俺が小瓶を投げたことに気付いた時には、小瓶が割れ、中身が悪魔の全身に降りかかっていた。
「う”っ?!」
サクラ色の悪魔は胸を抑えてよろよろと跪き、咳き込みながら吐血している。
苦しそうに呻いているサクラ色の悪魔を見て、俺は一安心した。
青い悪魔も地上に降り立ち、口元に手を当てて微笑んでいる。
「懐かしいな。自分がこうなるのは二度と御免だが、見るのは悪くないな。愉快だ。」
俺はバシッとトウヤの背中を叩いた。
「ナイス、トウヤ。お前のお陰で助かったわ。」
俺の手を払い除け、青い悪魔は嫌そうな顔をした。
「褒めるな、礼を言うな。虫唾が走る。」
「あ”?お前ぶん殴んぞ」
そんなやり取りをしていると、突然クスッと乾いた笑い声が聞こえてきた。
「いいわねぇ…貴方も…この毒も…」
サクラ色の悪魔はゲホッゲホッと人間ならば致死量の血を吐いている。
「とっても熱くて…痛くて…だけど、どこか甘いような…うふふ、嫌な毒だわ…♪」
俺はサクラ色の悪魔に近付いた。
「あらぁ…いいの?そんなに近付いたら食べちゃうわよ?」
「もうそんな力残ってねぇだろ。」
サクラ色の悪魔は”うふふっ…”と相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「ねぇ…そういえば、お名前聞いてなかったわね。貴方のお名前は?」
「……アキト。」
「うふふっ…そう。アキトくんね。疑いもせず答えちゃうなんて、やっぱり可愛いじゃない…♪」
サクラ色の悪魔は突然バサッと翼を広げ、口元についた血を大胆に拭って飛び立った。
「また会いましょう。アキトくん…それと、そこの悪魔くんも…♪」
「?!おい、待て!!」
そう呼びかけた頃には、サクラ色の悪魔は跡形もなく消え去っていた。
「クソッ、まだ飛ぶ力は残ってたのか…」
夜空を見上げ、少し拳を握る。
「追いかけるぞ、トウヤ!」
「いいや、その必要は無いだろう。」
俺が駆け出しそうになったのを、トウヤがすぐに止めた。
「あの悪魔、翼を広げるので精一杯だったんだろうな。逃げたように見えたが、あれは見かけだけだ。本当は実態を保てなくなって、自分が生まれた場所まで戻っているんだろう。」
悪魔は更に続けた。
「恐らく、あれはサクラの悪魔だ。魔界で生まれた悪魔ではなく、人間界で生まれた悪魔だったが…随分と長いこと生きて、人間の魂を喰らってきたんだろうな。中々に楽しめる程の実力はあった。」
青い悪魔の機嫌は良さそうだ。
「あの様子じゃ、しばらくは人を喰うどころか、実態を保つことすら出来ないだろうな。全く、相も変わらず嫌な香水だ。」
その話を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
「よかった…じゃ、一応祓えたことにはなるな。」
ズキンッと痛む左腕を反射的に押さえた。
「…てか、トウヤ。お前、俺の事ぶん投げたよな?」
青い悪魔はしら〜と悪びれる様子もない。
「あのまま車内にいたら確実に死んでいた。助けたつもりはないが、助かったのだからいいだろう。」
「いやいや、投げる時ちょっと悪意感じたけど??」
「フッ、中々に丈夫でしぶといな。あれで痛めたのが左腕だけとは。」
「おい、怪我させる気満々じゃねーか」
やれやれと頭を搔き、空を見上げた。
「もうすぐ日が昇る。早く帰るぞ。」
「馬車は潰れ、とっくに馬は逃げたが。」
「あ?お前に乗っていくに決まってんだろ。早く翼出せ。」
青い悪魔は”げっ”と面倒くさそうな顔をした。
「ほら、日が昇る前に帰んぞ。」
悪魔は怠そうに翼を広げた。
「仰せのままに」
城へ着いた頃には既に日は昇っており、時刻は5時をまわっていた。
衛兵に城の裏から入れてもらい、借りている部屋へ戻る。
扉の前まで来た時、中から声が聞こえてきた。
〈ぐ……う”っ……ぐぉッ……〉
何やらとても苦しそうな呻き声だ。
何となく声の主を察しながら、扉を開いた。
「あっ、おかえりなさい!」
すぐにルイさんの明るい声が耳に入る。
「ごめん、ちょっと今実験してて…ツカサくん、大丈夫?」
ツカサの周りには大量の血が落ちており、相当苦しんだことが窺える。
「ゲホッ……ああ、大丈夫だとも。お前にした事に比べれば、痛くも痒くも無い。」
黄色い悪魔は口元に付いた血を拭って余裕そうな笑みを見せた。
「ほ、本当?ならもう一つ試してみたいものがあるんだけど…」
「何っ?!…いや、もちろん協力しよう。」
(ルイさんも中々に容赦ないな…)
俺はチラッと隣に立っている青い悪魔を見た。
青い悪魔は見たことないくらいのしかめっ面をしていて、思わず笑ってしまった。
「ふはっwお前、すげー顔してんぞ。」
俺がケラケラ笑うと、青い悪魔は心底嫌そうな顔をした。
「本当に嫌な香りだ。嗅ぐだけで虫唾が走る。」
この悪魔にここまで言わせる香水(いや、最早毒か?)を独学で作ったルイさんは改めてすごい才能の持ち主なんだと思った。
「あ、アキトくん。お風呂沸いてるよ。着替えるついでに入ってきたら?」
ルイさんがチラッと俺の格好を見て、また申し訳なさそうに目を逸らした。
「あぁ、はい……って、そうだ。おい、ツカサ。お前やりやがったな?」
俺はこのドレスがツカサからの嫌がらせであったことを思い出し、問い詰める。
「ふっ、鈍感な奴だ。ルイは持っただけで細工がしてある事に気付いたというのに。」
黄色い悪魔は悪びれる様子もなく、馬鹿にしたような目を向けてきた。
「おま…やっぱり1発殴らせろ」
黄色い悪魔は”べぇっ”と舌を出してするっとルイさんの後ろへ引っ込んだ。
「あ、おい待て!!」
「ア、アキトくん!知ってたのに教えてあげられなくてごめん…!ツカサくんには言っておくから、アキトくんは先に着替えてきてくれない…?」
そんな風にルイさんに気を遣われ、少し頭が冷えた。
「…分かりました。じゃ、風呂行ってきます。」
俺は重たい下半身を動かし、風呂場に移動した。
どうやら王様は風呂付きの部屋を貸してくれたようで、部屋の中に風呂がある。
「ひっっろ…!?」
目の前に広がる湯船の面積に思わず声が洩れた。
(部屋の中にこんなデカイ風呂が…やっぱ王族ってすげーな…)
そんな事を思いながら、体を流して髪を洗う。
腕を上げた時、左腕がズキンッと傷んだ。
(痛”っ…チッ、利き腕じゃ無いとはいえ、やっぱ不便だな。)
仕方なく左腕をだらんと下に下げ、何とか右腕だけで髪を洗おうと試みる。
「随分と洗いづらそうだな。」
「う”っわ?!?!」
突然背後から声をかけられ、反射的に近くにあった風呂桶を投げ付けてしまった。
「痛ッ、急に何をする?!」
背後にいたのは青い悪魔だった。
俺が投げた風呂桶は見事に青い悪魔の顔面にヒットしたらしく、高い鼻部分を押さえている。
「いやっ、こっちのセリフだわ!何でお前が風呂にいんだよ?!変態!!」
「はぁ?変態?お前の裸に欲情なんて微塵もしないから安心しろ。」
「あ”?されても困るけどそう言われると腹立つわ」
俺は一つ息を吐き、髪を洗い流した。
「で、何か用か?出来れば風呂の最中は入ってきて欲しく無かったけど。」
投げつけた風呂桶を拾い、中に水を溜めて頭からそれを被った。
「お前に用という用はない。」
「はぁ?なら何で来たんだよ。」
会話しながら湯船に足をいれ、一気に肩まで体を沈めた。
温かい湯船につかり、ほっと一息つく。
「理由か…お前の顔が見たかったから、ではダメか?」
「?!」
思わず”バシャッ!”と勢い良く顔面を水面につけた。
顔を上げ、滴り落ちる雫を手で拭いながら思考を巡らせる。
“俺の顔が見たかったから”なわけがない。100パーセントそれだけは絶対にない。
「…で、本当の理由は?」
青い悪魔はフッと笑みをこぼした。
「なんだ。別に嘘はついていないぞ?ただ、ルイとツカサを見ていたら胸焼けがしてきてな。お前のその憎たらしい顔を見て調和しようと思ったんだ。」
恐らく、またルイさんとツカサがイチャイチャしていたんだろう。
胸焼けする気持ちも分からなくもない。
「ふぅん……なら、お前も折角だし入ってけば?」
“憎たらしい顔”と言われた事は特に気に留めず、青い悪魔を誘ってみた。
「俺は別にいい。水はそこまで好きじゃない。」
「…へぇ?」
俺は両手を重ね親指近くに隙間を作り、水中に沈ませて水を隙間に入れた。
そのまま両手を思いっきり閉じて空洞をつぶし、中に入っている水を押し出す。
ビュンッ!と水が勢い良く飛び出し、青い悪魔の顔に命中した。
「!?」
青い悪魔は水がかかった顔を押さえ、グイッと拭った。
「おま…この餓鬼…っ、」
青い悪魔は滴る水を拭いながら、呆れて言葉も出ないようだった。
「ワリ、ついやりたくなっちまって。」
「…………餓鬼め。」
風呂も上がって食事も済ませ、ルイさんに今回の悪魔退治であったことをザックリ説明し、王様に報告することになった。
城の使用人に声をかけ、王様を呼んでもらうように頼む。
しばらくすると、王様は慌てた様子で大広間までやって来た。
「エクソシスト様!!悪魔を祓ったとお聞きしましたが…!!」
王様は少し興奮した様子だ。
「はい。まぁ、正確には弱らせたに近いんですが……しばらくは何も出来ないと思います。」
俺の言葉に、王様は勢いよくお辞儀した。
「ありがとうございます!何とお礼を申し上げれば良いか…!報酬は事前に提示していた通り…いや、それより少し多めにお渡し致します!」
「えっ」
事前に提示されていた報酬でもまぁまぁ優良だったのに、更に上乗せまでしてくれるのか。
なんと気前のいい王様なのだろう。
「…あ、そうだ。妃様は帰ってこられましたか?」
報酬のことよりもそっちの方が気になった。
「えぇ!それも、どこか以前よりスッキリしたような顔で帰ってきたんですよ!心做しか、元気そうだったような気もします。」
あの妃は悪魔に取り憑かれていた。
喰われた魂は戻ってこないが…それでも、天寿を全う出来るくらいは生きられるだろう。
「それは良かったです。」
「えぇ!本当にありがとうございました!」
初めて会った時の不安そうな顔はどこにも無かった。
その様子を見て、少し安心する。
「エクソシスト様、もうお帰りになられるのですか?」
報告も終わり、報酬も十分貰った頃にそんな事を聞かれた。
「あぁ、はい。他の悪魔も祓わないといけませんから。」
荷造りも済ませてあるし、あとは出ていくだけだ。
「食事に風呂まで、お世話になりました。」
「いえいえ!こちらこそ…!!もっと滞在して頂いても良いのですが…エクソシスト様がそう仰るのなら、我々は見送らせて頂きます。」
我々…という言葉が引っかかり、王様の周りを見渡した。
すると、後ろの方からトタトタと駆けてくる足音が聞こえる。
「良かった!まだ立たれていなかったのですね!」
駆けてきたのはあの妃様だった。
少し息を切らしながら、ゆっくりと呼吸を整えている。
「夫から全て聞きました。本当にありがとうございます…!」
妃様は満ち足りたような顔で、王様の腕に絡みついている。
「いえ。ご無事で何よりです。」
ふと隣を見ると、ルイさんが何か言いたそうにしているのが分かった。
「…ルイさん、どうかしましたか?」
俺は小声でルイさんに耳打ちする。
「う、うん。えっと、これ調香してみたんだけど…妃様に、今後のお守りとして渡しときたいなって…」
そう言って綺麗な小瓶を俺に手渡してきた。
「僕、女の人って苦手で…すまないけど、渡してくれないかい?」
ルイさんは申し訳なさそうにコソッと耳打ちした。
「分かりました。」
「妃様。こちら、あの調香師からです。今後のお守りにと。」
俺が妃様に小瓶を渡すと、妃様は口元に手を当てて小躍りした。
「まぁ!何て素敵なお守りなんでしょう!ありがとうございます!エクソシスト様、調香師様!」
嬉しそうな妃様の様子を見て、ルイさんも嬉しそうだ。
王様と妃様に贅沢に見送られ、俺たちはまた旅路に戻った。
「ルイは女性というより、人そのものと話すのが苦手だろう。」
と、青い悪魔。
「う”っ…そ、それは…」
と、謙虚な調香師。
「おい、トウヤ!お前は一々ルイに突っかかるんじゃない!」
と、黄色い悪魔。
これから、俺はコイツらと一緒に旅をする。
さぁ、次はどんな依頼が待っているだろうか。
コメント
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ノベルの才能ありますよね😭😭😭
こんなに長くても、読むのはほんの一瞬だった………この連載、イチャイチャシーンもあればシリアス展開もあって、バトルシーンまで………一回で何度美味しいかわからないよホントに……… 興奮しすぎてまともに文章書けないんだけど、やっぱりめちゃくちゃ好きだわ、これ
す、好き過ぎる