会計を済ませ、店を出ると、彼女は微動だにせず、一点をじっと見つめていた。
「…………どうした?」
背後から掛けられた侑の声に、小さな身体がビクっと震える。
瑠衣の横に並び、彼女の視線を追い掛けてみると、どうやらカフェの反対側にある『中倉楽器』が気になるようだった。
「いや…………ここにも『中倉楽器』があるんだなぁって……。高校の吹奏楽部は、よく中倉楽器の人が出入りしてたので…………懐かしいなぁって……」
(コイツ……また楽器を吹いてみたいって……少しでも思い始めたのだろうか……それとも、単に俺の思い過ごしか……)
尚も凝視している瑠衣に、侑は声を掛けた。
「…………寄ってみるか?」
「……はい。行きたい…………です」
「なら行くぞ」
侑が先を歩き、少し後ろを瑠衣が付いていった。
ディスプレイされた十数本のトランペットを、瑠衣は濃茶の瞳を僅かに輝かせながら見入っている。
金や銀のオーソドックスな楽器を始め、ピンクゴールドの色合いをした通称『赤ベル』など、ただ眺めているだけでも、彼女は楽しそうに見えた。
「やっぱり、昔と比べて……大分値上げしてる……」
思わず彼女がポツリと零すと、『海外メーカーの楽器は特にそうだろうな』と、隣で答える侑。
国産メーカーのハヤマを始め、海外ブランドの楽器も数多く取り扱っているのが、この『中倉楽器』だ。
それまで、懐かしさを含ませた面差しで楽器を見ていた彼女が、不意に表情を曇らせ、俯き加減になる。
「いや…………それ以前に……もう音が出ないだろうな……」
困ったように眉根を下げ、苦笑する。
「先生…………ありがとうございました……帰りま……しょう……」
努めて笑顔で話す瑠衣に、侑は切なそうに顔を歪め、胸の奥に鈍い痛みが走ったような気がした。