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部屋に着き、玄関に入ってドアのロックを下ろした途端に、私は太田に抱きすくめられ口づけられた。こんなにも性急な彼を見るのは初めてだった。
太田の唇が離れた時、ようやく息継ぎができるとほっとしたのもつかの間、彼は私を抱きかかえるようにしながら寝室のベッドに移動した。
いつもであればキスで終わるはずだった。けれど今夜の太田からはそれ以上を求めるオスの匂いが感じられて、私は狼狽えた。
「待って、ねぇ、太田さん……」
けれど太田は私の声を聞き流す。
私はそのままベッドの上に押し倒された。
「今夜はどうしてお前を抱きたい」
「お願い、待って。前にも言ったと思うけど、私……」
体を重ねることが恐いと伝えておきたかった。
しかし太田はブラウスの裾から手を差し入れ、私の肌に触れる。
「初めてなんだよな。大丈夫、俺に任せて」
太田は私の体をまたぐような体勢を取り、ブラウスをまくり上げた。ブラをぐいっとずらし、現れた胸の突端を口に含む。
甘噛みするように軽く歯を立てられて、私の唇から声がもれる。
「あっ……」
生暖かい感触と、歯と舌に与えられる刺激にぞくりとした。
太田は私の反応に満足した顔をしていた。熱に浮かされたような目をして私の体から服をはぎ取る。晒された肌のあちこちに、柔らかく、けれど時折強く口づけていった。
「俺以外の男は見ないでくれ」
彼の手に全身を撫でられて、吐息がこぼれそうになったが、堪える。
「気持ちいい?」
訊ねる太田に即答できなかった。体の奥深い場所がもどかしくうずきはしても、気持ちがいいとは思えなかった。むしろ、過去の出来事が頭に浮かび、この先に起こることを予想して、怖かった。
私の反応の鈍さに、太田が顔を歪ませた。苛立ちが滲んでいる。
「笹本に触れていいのは俺だけだってこと、忘れないでくれよ」
太田は私の両手首をつかんだ。そのまま私の頭の上で押さえつけて、貪るような激しいキスを続ける。
彼の手が脚の間に滑り込んできた。私はびくりと全身を震わせる。
「っ……」
ショーツの中に彼の指先が触れた瞬間、逃げたいと思った。これ以上先へは進みたくなかった。彼の手を止めたくて、私はもがきながら抑えつけられている自分の手首を抜き取ろうとした。しかしその動きはあっけなく、力強く阻まれてしまう。
太田はキスをやめて囁く。
「大丈夫だよ。そのまま力を抜いていて。今気持ちよくしてあげる」
彼は私の花芯に触れる手を止めず、淫らがましい音をわざとのように立てる。
「っ……。痛い……。待って……」
優しいとは思えない指の動きを苦痛に感じて、私は彼に訴えた。しかし彼の耳まで届かなかったのか、それとも故意に聞き流したのか、彼はその手を緩めない。
「お願い、もう……」
やめて……と言うつもりだった言葉は、声にならなかった。
太田が私の脚の間に膝を入れた。
彼の激しすぎる愛撫のせいで、体に力が入らない。そのせいで、彼の手を押し戻すことができなかった。
「っ……」
初めて経験する痛みだった。
唇を噛んで声を抑える私を気遣うこともなく、太田は何度も激しく私の中を突いた。
その間中、私は声をかみ殺し続けた。この時間が早く終わることを待ちながら、縋るようにシーツを握りしめていた。
事が終わった後の私は、ぐったりとしていた。体のあちこちに鈍い痛みが残っている。
黙り込み、自分に背を向けたままの私の様子を不安に思ったのか、太田は許しを請うように言った。
「優しくできなくてごめん」
彼の腕が体に回された。彼は私の肩先にキスをする。
「笹本が俺以外の男に行ってしまうんじゃないかって、不安になってしまった。その気持ちでいっぱいになってしまって、手加減できなかったんだよ」
俺以外の男に行ってしまう――?
清水との関係は説明した。それを納得しなかったがために、初めての私を乱暴に抱いたのかと思い、ぞっとする。再び今夜のように、嫉妬心も露わに私を抱くことがあったらと、ひやりとした。
「今度は優しくする。だから許してくれ。今夜は本当にごめん。愛してるんだ。信じて」
太田は訴えるように言いながら、私をぎゅっと抱き締めた。
揺れる心をなだめるために、自分に言い聞かせる。
本当はこれが、今まで私が見てきた優しい彼の姿だ。今後また体を重ねることがあったとしても、もう今夜のような抱き方はしないに違いない。そう言って謝ってくれたじゃないか。これは今夜だけのことで、嫉妬深くなるほど彼は私を愛してくれているんだ――。
その日以降も太田と体を重ねた。彼があの夜のような激しさで私を抱くことはなかった。それなのに、優しく抱かれていても、私の頭の片隅は冷めていた。気づけばいつも、この行為の終わりを待っていた。
彼を好きなはずなのにどうしてと理由を考えた。たどり着くのは、初めて彼に抱かれた夜のことだった。そのために彼に対して心も体も許せなくなっているのではないかと思う。
そんな中、心から一度締め出したはずの違和感が再び顔を出した。
梨都子や清水と会ったのを皮切りに、私は以前のように友人たちと約束を取り付けるようになっていたが、その予定を告げると太田は不機嫌になった。最終的に渋々と頷きはするが、集まる顔ぶれや場所、帰宅予定時間、その場に男性はいるかどうかなどを、執拗に聞いてくる。そして都合がつく限り、私の送迎をすると言い出すのだ。
また、太田は密に早く連絡を取りたいタイプのようだった。何らかの理由で電話やメッセージにすぐに応えられない時には、私が応じるまで何度も連絡をよこす。携帯の履歴に彼の名前がずらりと並んでいるのを見た時は、付き合いたての頃にも同じことがあったと思い出し、ぞくりとした。
それでもまだ私は、それらは彼の私への愛ゆえだと解釈しようとしていた。自分の中に生まれていた疑念を抑え込み、心の奥底に押し込めていた。
しかしあの日、とうとうそれは確信に変わる。付き合って日が浅いというのに、早くも太田と別れたいと思うようになったのは、その出来事がきっかけだった。