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「はい。今日はここまでね。また来週ね」


「先生、ありがとうございました。さようなら」


この日、一番最後の生徒を見送り、奏は、やっと終わったと言わんばかりに大きくため息を吐いた。


レッスン室を消灯した後にドアを閉めて施錠し、受付カウンターに向かい鍵を返却する。


今日は日野にある、ハヤマ特約楽器店でのレッスンだ。


ここでは週二日、レッスンを受け持っている。


「音羽先生、お疲れ様でした」


受付事務担当の中村さんに声を掛けられ、お疲れ様です、と挨拶を返す。


時計を見ると、十九時を少し回ったところだ。


周りを見回すと、閉店間際の時間帯という事もあり、さすがに生徒や保護者らしき人、客もいない。


楽譜がずらりと並んでいる本棚の前で、グレーのスーツを着た上背のある男性が、タブレットと本棚を交互に見ながら何かを入力しているだけだ。




不意にその男性がこちらに振り返り、中村さんに声を掛けた。


「楽譜の在庫チェックと補充が終わりましたので、本日はこれで失礼します」


心地良く響く低い声に誘われるように、奏は男性の方を見やると、容貌の優れた姿に思わず目を見張った。


少し短めの黒髪をアップバングにして、大きすぎず、小さすぎない涼しげな奥二重の瞳。


まるで声優かと思わせるような低音の声色に、爽やかな面立ちのイケメン。


恐らくハヤマ本社の人だろう。


けど、その涼しげな瞳からは、意思の強さのようなものも感じる。


(イケメンのイケボなのに、目力が強いな……)


奏は、他人事のように思いながら軽く会釈をすると、男性と目が合い、鼓動が大きく跳ねた。


ほんの刹那、時間が止まったように眼差しが交わされた後、彼も微かな営業スマイルを奏に向けた。


「遅くまでありがとうございました。お疲れ様でした!」


中村さんが、とびきりの笑顔を見せて一礼し、本社の人と思しき男性をカウンターから見送る。


「それでは、失礼します」


男性は、一礼すると颯爽とした足取りで出入り口を抜けて行った。




「それにしても、あんなイケメンのイケボがリアルの世界に、しかもハヤマにもいたんだ……」


奏が無意識にボソリと呟くと、中村さんが、うっとりした表情で話し出した。


「あの方はハヤマでも、ミュージカルインストゥルメンツの営業社員さんですね。時々、ここにも来社するんですけど、カッコいいですよねぇ……声も渋くて素敵ですし……」


(なるほど、ミュージカルインストゥルメンツのお方か……)


『ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツ』は、ハヤマの関連会社で、楽器全般を扱う会社だ。


リコーダーや鍵盤ハーモニカなどの教育楽器や楽譜も取り扱っており、多岐に渡る。


ごくたまにハヤマ本社の人が来社しているのは見た事あるけど、奏は週二日しかこの楽器店に来ないため、本社や関連会社の人を見る事は皆無に等しい。


ひと段落したところで、奏は腕時計をチラッと見ると、十九時二十五分。


レッスンが終わってから、もう二十五分が経ったというのか。


(イケメンを拝んだだけで二十五分も時間が過ぎるなんて、あの社員さん、なかなか破壊力あるなぁ……)


そんな事を考えながら、帰り支度を始める奏。


「あ! もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ! それではお先に」


「音羽先生、お疲れ様でした。気を付けて」


トートバッグを肩に掛けると、奏は足早に駅へ向かった。

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