奏がサウンドファウンテンに登録して約三ヶ月が過ぎた。
土日に都内のホテルやラウンジ、レストランで演奏の仕事をしながら、平日四日間は自宅とハヤマ特約店でのレッスンもこなし、忙しい日々を送っている。
今まで自宅と隣の日野市しか移動していなかった奏にとって、週末に都内へ移動するだけでも、思いの外ハードな事だった。
初めて行く場所も多い。そして、拘束時間も結構長い。
交通費は派遣会社から支給されるのが、せめてもの救いだ。
そのため、休日は金曜日だけになってしまったが、好きなピアノを演奏できる喜びが大きかった。
ピアノを演奏し、自分が紡ぎ出す音と向かい合っていると、素の自分になれるような気がするのだ。
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十月のある土曜日。
奏は、地元でもある立川の結婚式場の前に到着していた。
この日、ついに親友が晴れの日を迎える。
数日前に購入したボルドーのノースリーブのレースワンピースに、ラメが入ったシルバーのストールと同色のパンプスを合わせ、普段下ろしている長い黒髪は夜会巻きにした。
アクセサリーは散々迷って、パールのネックレスとピアスを選んだ。
友人の結婚式とはいえ、半分仕事に近いようなものだ。
広大な敷地に大きな邸宅風の洋館が三棟と独立型のチャペル、所々に手入れの行き届いたガーデンが点在し、抜けるような秋の空に木々の深い緑と、芝生の萌黄色が鮮やかに映し出されている。
異国情緒が漂う式場に、ここが地元だという事を忘れ掛けていた奏は、エントランスを通り抜け、挙式担当者の元へ向かった。
挨拶を交わし、新婦の控え室へと案内してもらう。
担当者の後に続き、披露宴会場の前を通ると、広い会場内では、二十人ほどのスタッフが準備で慌ただしく行き交っている。
宴会場の入り口にはウェルカムボードが立てかけられ、
『Go Motohashi & Nami Takamura Wedding Day 2024.10.××』
とカリグラフィーで書かれてある。
挙式は正午からだが、披露宴の司会者と会場のキャプテンでBGMの最終打ち合わせ、余興の大トリでピアノの連弾を演奏するため、新婦の希望で一度合わせたいとの事で、朝から会場入りした、という事だ。
控え室の前に立ち止まり、大きく深呼吸をした後、扉を三度ノックすると、向こう側から『はい』と透明感のある声音で返ってきた。
鈴が転がったような可愛らしい声色に、奏の頬が思わず緩む。
ドアを開けると、三ヶ月前に自宅で会った時よりも、更に美しさに磨きが掛かった親友、高村 奈美が、トレードマークのアーモンドアイを細めながら迎えてくれた。
コメント
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え?本橋豪さんと奈美さんとご縁があったのね