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三人に席が用意され、第二幕が始まった。

咲が提示した改革案の内容に、俺は息を呑んだ。そして、咲のシナリオがなんとなく読めた気がした。

改革案の内容は、こうだ。

業績不振の建設を開発の一部署に縮小し、それに伴って必要な人員削減は退職金の割増しを条件に早期退職者を募ること。

取締役員にも退職の年齢基準を設けること。

取締役員の世代交代を念頭に、グループ全体で新規事業参入及び事業拡大を自粛すること。

他に、全社員対象に投票形式で毎年功労者を選出して表彰する、グループ内での柔軟な人事異動など、直接社員に関係する内容も含まれていた。内容は簡潔にまとめられ、十五ページに収まっていた。


いつの間にこんな資料を作ったんだ……?


咲には驚かされてばかりだった。

「社長」

改革案を読み終えた俺は、徳田社長に耳打ちした。

「確認しておきますけど、裏切りはありませんよね?」

「俺、美人に弱いんだよ」と、社長は笑った。

「そのようですね」と、俺は冷ややかな視線を向けた。


この……狸じじい!


改革案を読み終えた重役たちの反応は様々だった。

共感し頷く人、眉間に皺を寄せて不満を隠さない人。

「今日、この場で退職者を募り、改革案を提示させていただきましたのは、開発が建設を吸収することによって取締役員の席が削減され——」

「何が改革案だ!」

咲の言葉を遮って、大河内専務が立ち上がった。

「企業の何たるかも知らない人間の言う改革など、議論にも値しないだろう!」と言って、大河内専務は資料を叩きつけた。

「まったくだ! 筆頭株主殿はグループを潰すつもりか!」と、加勢したのは柿崎常務。

こうなることは俺でも予測出来た。ということは、当然咲のシナリオ通りでもある。


どうする……咲?


「株主といえども、ここまで経営に口出しする権限はないはずだ!」と言ったのは、建設の副社長。

「そもそも、今日の議題は会長の後任選出じゃなかったのか!」と言ったのは、ホールディングスの常務。


やっぱりか……。


二人が内藤に買収されていることは、侑から聞いていた。実際は先ほど『ご勇退』された中にも、いた。だから、買収した役員があっさり咲の誘いに乗って、自分より早く『ご勇退』したことに、内藤社長は驚いたはずだ。だからこそ、咲をこの場から追い出そうと躍起になっているのだ。

俺は黙って咲がどう動くかを見ていた。

けれど、咲は動かなかった。

「ご静粛に願います……」と、進行役が力なく制止したが、効果はない。

俺は、俺が動くタイミングを計っていた。それを、咲はわかっているようだった。その証拠に、咲は筆頭株主の席に座ってから、一度も俺を見ない。

「よろしいですか?」

ようやく、内藤社長が口を開いた。ボスの一声に、野次を飛ばしていた面々が一瞬で口を閉ざす。

「内藤社長、どうぞ」と、進行役が促した。

内藤社長は椅子に踏ん反り返って、立ち上がろうとはしなかった。

「先ほどから聞いていますと、成瀬嬢は筆頭株主であることを理由に取締役会を掌握なさりたいようですが、仮に筆頭株主ではなくなったとすれば、あなたがこの場におられる理由はありませんな?」


成瀬嬢……?


咲に対する軽口に、今すぐ内藤社長をこの場から追い出したい衝動に駆られた。

内藤社長は怒りに満ちた俺の視線に気づかず、話を続ける。

「株の占有率は刻々と変化するものです。昨日までの筆頭株主が今日もそうであるとは限らないでしょう」

「仰っている意味が分かりかねますが?」と、咲は冷静に答えた。

真さんが立ち上がり、末席の藤川弁護士に駆け寄った。弁護士がタブレットを取り出し、真さんと覗き込む。


くそ……!

どうして今まで気がつかなかったんだ!


こんな状況にも関わらず、今まで二人が父子であることに気がつかなかった自分が情けなくなった。


名前で気づけよ……。


真さんは藤川弁護士とタブレットを見ながら小声で言葉を交わすと、今度は咲の席まで行って、咲に耳打ちした。咲はそれを聞いて、少し驚いた表情を見せた。

俺は、その咲の表情に違和感を持った。

「私の言葉の意味がお分かりになったようですな?」と、内藤社長は得意気に言った。

「昨日付けで、このT&Nグループの筆頭株主は、私内藤広正となりました」

またも、会議室内が騒然となった。内藤社長の取り巻きたちは満足そうに腕を組み、笑いを堪えている。

内藤社長が株を集めていたことは知っている。社長が株を大量買いしないように、真さんが見張っていた。


昨日付け……。


「この瞬間を持って、成瀬嬢にはご退席いただきましょうか」

内藤社長の言葉に、咲はゆっくりと立ち上がった。

咲はジャケットのポケットから何か取り出し、テーブルの上に置いた。小型のICレコーダー。

『あなたが会社の金を横領していた証拠は揃っているんです。それを隠滅して差し上げようと言っているんですから、株を手放すなど些末なことでしょう。我が社の株を私に譲渡すれば、あなたは地位を維持出来る上に、退職金を満額受け取って勇退出来るんです。何を悩むんです』

咲はレコーダーのスイッチを切った。

会議室内の全員が内藤社長に注目した。

レコーダーから聞こえたのは、紛れもなく内藤社長の声。内藤社長は驚きを隠せず、それがこの声が自分だと物語っていた。

「退席するのは……誰かしら……?」

女の姿をした美しい獣の鋭い眼光と背筋も凍るような低い声に、獲物は目を見開いて喰われるのを待つしか出来ない。

「取締役会に引き込むために、私は三人が主要株主になるように株を譲渡した。その結果、私の株の占有率が下がった。だから、必要な株数は僅かなもので、取得は容易かったでしょう? 二、三人を脅迫して株を譲渡させればいい。そうして内藤社長はご自分の持ち株を増やし、昨日の取引終了時には確かにあなたが筆頭株主だった……」

「そう……だ……」と、内藤社長は力なく呟いた。

「あなたが仰ったんですよ? 『株の占有率は刻々と変化する。昨日までの筆頭株主が今日もそうであるとは限らない』と……」

「ま……さか……」

「先ほど退職された七名のうち、あなたの脅迫によって既に株を手放していた三名を除く四名が保有する株式の全てを、私が買い取らせていただきました」

咲が『ご勇退』希望者を募った理由がわかった。体裁を整えるためのパフォーマンスだ。あの七人が今日、退職することは、必然だった。そして、退職者四人の持ち株を咲が買い取ることも。

内藤社長が愕然と肩を落とし、取り巻きたちは血の気の引いた顔でうつむいている。

「こんなこと……あり得ない……」と、内藤社長が呟いた。

「こんな茶番! 日本屈指のT&Nグループが、こんな小娘の経営者ごっこを真に受けるのか! あんたはこんなことで社長の座を奪われていいのか!」

内藤社長が建設社長を指さした。

「業績不振は事実であり、責任は社長である私にある。私は社を守れなかった責任を甘んじて受け入れる所存です」

建設社長は背筋を伸ばして、言った。

「な——っ! 馬鹿が! 小娘の戯言など信用できるか! 私なら建設を維持してやる! だから————」

二度も、咲を『成瀬嬢』『小娘』呼ばわりしたことに、俺の我慢は限界だった。

「往生際が悪いですよ、内藤社長」

俺は立ち上がり、会議室後方で出番を待っている満井くんと春田さんに、資料を配るように指示した。

「T&N観光社長内藤広正、T&N開発常務柿崎良平、T&N観光営業部長内藤仁、他二名の計五名の取締役解任、及び懲戒解雇を求めます」

資料を配り終えた満井くんと春田さんに、俺は会議室に残るように告げた。二人には、最後まで見届けて欲しいと、思った。

重役たちは配られた資料を読み始めた。

侑が集めた情報を元に、俺と徳田社長でまとめ上げた『調査報告書』は五十ページに及び、そのほとんどは証拠書類。

内藤社長が川原と清水の犯罪を知っていて告発せずに利用し、城井坂マネジメントとT&Nグループの乗っ取りを画策していたこと、その為にフィナンシャルのプロジェクトが危機に晒されたこと、強引な手法で株を集めていたこと、柿崎を始めとする内藤派の経費の使い込みやセクハラ、パワハラを黙認していたこと、などを証明するメールや改ざんされた領収書、写真など。

内藤社長らに一言の弁解も許さない、我ながら完璧な出来栄えの自信作だ。

「資料を読んでいただけたら、説明の必要はないかと思います。資料にあります懲戒解雇の対象である八名のうち三名は、先ほど『無条件で』退職をされましたので、残る五名の取締役解任、及び懲戒解雇の決議を求めます」

「待ってください! 弁解の機会も与えられずに——」と、耐え切れなくなって立ち上がったのは、柿崎。

「お聞きしましょう? 弁解とやらを……」と、俺は柿崎の言葉を遮った。

「ここに提示した証拠を覆せるだけの、筋の通った弁解が出来るのなら!」

「あ……青二才が……」と声を震わせて、内藤が立ち上がった。

「たかが三男風情が偉そうに——」

俺の頭の中で、ブチッと音がした。

「関係ないんだよ!」

負け惜しみを通り越して、言いがかりを喚き散らす奴らに、俺は言葉を選ぶ余地はないと判断した。

簡単に言えば、キレた。

「年も役職も関係ないんだよ! 弁解? ガキの悪戯の言い訳じゃないんだ、何を言っても許されるわけないだろう! あんたらは罪を犯したんだよ。どんな理由があっても、被害者女性たちを踏み台にするなんて許されるわけがない! 恥を知れ!」

自分でも驚いた。大人になってから、こんなに大声を出したことがあっただろうか。感情のままに他人を罵るようなことがあっただろうか。

「あんたら、仮にも何千人もの社員を束ねる企業のトップだろう。これ以上醜態を晒すな」

内藤と柿崎が崩れ落ちるように、座り込んだ。

女は秘密の香りで獣になる

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