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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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かくして、T&N観光社長、T&N建設副社長、T&Nホールディングス常務、T&N開発常務、T&N観光営業部長の椅子に風が吹いた。

三時間前には三十四人いた会議室に、二十五人が残った。

予想していなかった事態に、進行役は言葉を失っていた。当然だろう。十二人もの取締役と重役が退職したのだ。業務が滞るどころの話ではない。マスコミの注目を浴びることも避けられないだろう。

「よろしいかな?」と、会長が手を挙げ、立ち上がった。

不穏な空気が流れる中、父さんが今日初めて意見を述べた。

「不測の事態に困惑されるのは当然でしょう。ですが、見方を変えれば、これで我が社の膿が全て取り除けたことになります。ここは前向きに捉え、この場の皆さんにT&Nグループの再建に尽力願いたい。どうか、よろしくお願いします」

会長が深々と頭を下げた。

隣の成瀬さんも立ち上がり、頭を下げた。

三十余年前、二人が作ったT&Nが、今、生まれ変わろうとしている。

創立者二人を前に、会議室内の誰もが不安ではなく期待の笑みを浮かべていた。

徳田社長と慎治おじさんが同時に拍手を始めた。すぐに会議室全体が拍手に包まれた。

頭を上げた父さんと成瀬さんの目に、涙が見えた気がした。


*****


昼食と、取締役員の人員配置について各々の考えをまとめる為に、二時間の休憩が設けられた。

俺は、徳田社長と残った開発と建設の取締役に同行することになった。咲は父さんと成瀬さんと話をしていた。


あと半日の我慢だ——。


自分に言い聞かせて、俺は会議室を出た。


今はまだ、ダメだ!


頭ではわかっているのに、あと半日の辛抱が、俺には出来なかった。

「すいません、先に行ってください」

俺は会議室に引き返した。ちょうど、咲が父さんたちと会議室から出てくるところだった。

「咲!」

俺は周囲の視線などお構いなしに、咲の名前を呼んだ。

「十分だけください」

俺は咲の腕を引いて、走り出した。

「ちょ——、蒼!」

非常階段の重たいドアを力任せに開けて、咲を押し込んだ。

「そ——」

バタンッと勢いよくドアが閉まる。

俺は咲を抱き締めて、キスをした。

本当に、三か月が三年に感じた。ずっと忙しくて、思い出さないようにしていた咲の唇の感触に、身体中に熱が走る。

「待って……」

咲の言葉も聞かず、俺は彼女の舌を絡めとった。

我を忘れる、無我夢中、一心不乱、どの言葉を借りても足りないくらい、俺の頭の中は咲でいっぱいだった。

咲も同じならいい。

同じになればいい。

俺の考えが伝わったのか、咲の腕が俺の首にきつく巻き付いた。

息もつけないほどキスをして、俺は咲をきつく抱きしめた。

「咲……。会いたかった……」

「怒って……ないの?」

「色々……言いたいことがあったんだけど、今のキスで全部忘れたよ……」

咲の身体が微かに震えていることに気がついた。

「ごめ……なさ……」

「今夜、前に行ったお台場のホテルで会おう」

咲は小さく頷いた。

「今はまだ、泣くなよ? 後で目一杯泣かせてやるから」


*****


休憩を終えて会議室に戻った重役たちは、嬉々として見えた。徳田社長を始めとする開発と建設での昼食の場も、和気藹々としていた。これから、自分たちがグループを支えていくという団結や責任感、グループがどう変わっていくかという期待、とにかく前向きな感情に盛り上がりを見せていた。

若い頃の話とはいえ、百戦錬磨の強者で経営のプロだ。闘志を再燃させた彼らを前に、俺は自分の未熟さに打ちのめされた。

和泉兄さんは退職したフィナンシャルの専務に真さんを指名した。いずれは慎治おじさんの後任にと考えたのだろう。真さんは快諾した。

充兄さんは内藤社長の後任として観光社長に名乗りを挙げ、内藤社長の息のかかった人間で固められた重役の一新を宣言した。そして、その最初の一人として、副社長に咲を指名した。咲も初耳だったようで、返事を保留にした。

徳田社長は建設を吸収した後の編成案を発表した。建設社長が業績不振の責任を取って、退職を申し出た。徳田社長は残留を説得したが、決意は固かった。建設専務も社長と道を同じくすると言ったが、二人の社長の説得で『新生・建設部』の部長を引き受けた。そして、徳田社長は俺を常務に指名した。当然、俺は快諾した。

ホールディングスの人事案を発表したのは、咲だった。専務に百合さん、常務に現在の経営戦略部部長を指名した。百合さんの後任として、情報システム部部長には侑。情報システム部は二年以内に『T&Nシステム』としての子会社化を目指す。百合さんも侑も快諾した。

父さんはグループ改革完了までホールディングス会長兼社長を続投すると宣言した。成瀬さんも相談役として常勤が決まった。

「最後に、会長の後任についてですが……」

朝からのドタバタ劇に、俺はすっかり忘れていた。


そういえば、流れ次第では会長後任に名乗りを挙げるつもりだったんだ……。


「グループの改革もありますし、会長のご子息である和泉さん、充さん、蒼さんには、会長の補佐を兼任していただきます」


会長補佐……?

ようするに、補佐として会長職を学ばせて力量を見るってことか……?


今は後継者争いをしている場合ではないし、妥当な解決策だと思った。

「非常勤ではありますが、会長の後任を視野に入れた会長補佐の職をお引き受けいただけますか?」

咲の言葉に、どこか不自然さを感じた。

「築島蒼さん」


へっ……?


兄さんたちを差し置いて、三男である俺の意思を最初に確認されたことに、驚いた。

「お引き受けいただけますか?」と、咲が聞く。

その目は、『獣』の目だった。

『YES』以外の言葉を口にすれば、喉笛を噛み千切られそうな恐怖に、俺は全身の毛が逆立った。

「はい。微力ながら、尽力させていただきます」

咲のその目が、獲物に飛び掛かるチャンスを窺っているものではなく、獲物が罠にかかるのを待っているものだと気がついたのは、次の瞬間だった。

「築島和泉さんはいかがですか?」

「大変申し訳ありませんが、辞退させていただきます」


は……?


重役たちも驚きを隠せないようだった。

「フィナンシャルの社長職で手一杯ですし、会長の後任は荷が重すぎますので」

和泉兄さんは爽やかな笑顔で言った。

「築島充さんはいかがです?」

咲は顔色を変えずに、充兄さんに聞いた。

「私も辞退させていただきます。不祥事を起こした社長の後任という立場もありますし、観光事業に専念させていただきたいので」


へっ……?


兄たちの言葉に度肝を抜かれ、俺は相当間抜けな顔をしていたに違いない。その証拠に、徳田社長と百合さん、侑、真さんが笑いを堪えている。


どういう…………。


「では、暫定ではありますが、築島蒼さんを会長後任とします。皆さま、よろしいですか?」

会議室内が拍手に包まれた。

「ちょっ——」

「蒼さんには、グループの未来を担うに相応しい知識と行動力を持って、責務にまい進されますことをご期待いたします」と言って、咲が微笑んだ。


やられた————!


すべては咲の策略だったんだ。

勝ち誇った、満足気な咲の笑顔がそれを物語っていた。

「では、本日の取締役会は終了と致します」と、進行役が言った。

会長後任に選ばれたにも関わらず、言葉にならない敗北感と劣等感を抱えたまま、怒涛の取締役会は幕を閉じた。

女は秘密の香りで獣になる

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