テラーノベル
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七月の三連休初日、優子は待ち合わせ時刻の正午に、西新宿のホテルの正面玄関前で廉を待っていた。
先日購入したボルドーのワンピースを纏い、念のため、着替えも持参したので荷物も多い。
(旅行じゃないのに、荷物、多かったかも……。何だか浮かれてるな、私……)
手にしているトートバッグを握り直し、ぼんやりしながら待っていると、背後から聞き覚えのある声が彼女の鼓膜を揺らした。
「岡崎」
落ち着いた低めの声音に、優子が振り返ると、ブラックのサマーニットとカーキのスキニーチノに身を包んだ廉が、ゆったりと歩み寄ってきた。
「専務、おはようございます」
優子は軽く会釈をすると、廉は微苦笑しながら、彼女が持っているトートバッグに手を伸ばした。
「なぁ岡崎。仕事じゃないんだし、二人で会っている時に『専務』はやめよう。下の名前で呼んでくれて構わない」
「でっ…………でも……」
彼女は、言いにくそうに口ごもり、まつ毛をそっと伏せる。
「でも……何だ?」
俯いている優子の顔を、廉が伺い見る。
「今の私は…………仕事のようなもの……だし……。それに……専務は今も…………尊敬する……上司です……し……」
「…………尊敬する上司……か……」
優子の言葉に、廉は、困惑しているような苦笑いを見せる。
「岡崎にしてみれば、俺は、かつての上司でもあり、今は…………客……だよな……」
「……ごめんなさい。やっぱり名前呼びは…………戸惑ってしまって……」
「謝る事はないよ。まぁでも…………俺としては、会社にいるワケではないし、下の名前で呼んで欲しいな」
「分かりました。努力します」
優子がペコリと頭を下げると、廉は穏和な笑みを彼女に返す。
「今日は同伴だし、せっかくだから、ドライブで横浜に行こうと思ってるんだ。向こうでの宿泊先も予約してある。さっそく行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
「何だ? 今日はずいぶんと他人行儀な感じだな」
「き……気のせい…………ですよ」
優子は彼の後ろに続き、廉の車が停めてあるホテルの地下駐車場へ向かった。
外国産のネイビーのSUV車に近付くと、彼が助手席のドアを開けて、優子を促す。
彼の運転する車は、滑らかに発進し、横浜へ向けて出発した。
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