それから何ヶ月かが過ぎた。圭一と戦って以来、再開していた夜の稽古のために、廊下を静かに歩いていたときのこと。
反対側から、圭一がやってくる。
「え、お兄ちゃん?こんな時間にどうしたの?」
-仕方がない。明日からにしよう…
「え?」
兄が何か言ったような気がして、私が聞き返す。
しかし兄は答えず、
「ふふっ…君だって、随分と変な時間に起き出してるじゃないか。」
と言った。
「私はたまたま、一人で稽古しようと思ってただけだよ。」
「僕も同じさ。散歩を兼ねてね…。」
「…そっか。そういえば、久しぶりだね。二人で話をするの。」
今までどうしてたの、などとは軽々しく聞けないが、何気ない会話でもと思い、続けようとしたのだが、
「久しぶり?今更何なの…?」
兄の様子が少しおかしい。
「みんなから、僕の妹だと思われたくなくて、口をきかなかったのは君の方じゃないか…。」
口調はいつも通り、力は入っていないものの、思いもよらなかった兄の言葉に、私は面食らった。
「へ?」
「今更とぼけても遅い…。君も、周りの奴らと一緒さ。僕の妹だって思われたくなくて、知らないふりしてたんだよね?」
「そんなわけないでしょ!私はずっと、お兄ちゃんと話がしたかったのに。どうしてそんなこと言うの?」
「だって、そうじゃないか。今だって、みんながいないから、誰にも見られてないから、僕に声をかけた。」
「だから違うよ!」
「それとも僕を哀れんでたの?」
「…お兄ちゃん、私がここに来てからずっとおかしいよ!私はずっと、お兄ちゃんの味方だったし、昔からずっと、お兄ちゃんのこと庇ってたじゃない!」
「僕はおかしくなんてない。ママが言っていた…。間違ってるのは周りだって。」
兄は私の言葉をどんどん曲解し、曲がった方へ話をもっていく。
「違っ…」
「君には僕の気持ちなんて、絶対にわからないよ。それに、僕の味方だって…? 両手があるくせに、僕を庇ったとか、思わないでよね…。」
「もう…もうお兄ちゃんには何も伝わらないんだね!じゃあわかったよ…もう声掛けないから!」
「ふふっ…。構わないよ。ほらぁ…やっぱり、僕の妹だと思われるのは嫌だったんだね…。」
そう言い残して、兄は私に背を向けると、またスタスタと廊下を歩きだした。
「…。」
私はしばらく二の句がつげなかった。
「あぁ嫌だよ!せっかくまた会えたのに、そんなふうに…そんなふうに受け止めるんなら、嫌だよ!」
とうとう我慢ができなくなって、遠ざかる兄の背中にこう叫ぶと、私はそのまま反対方向に歩いていった。兄はもう何も答えなかった。
何が兄をこんなに変えてしまったのだろう。
あのとき、私が幼すぎて、兄を守りきれなかったからだろうか。
それとももしかすると、両手がある私は、最初っから兄にとっては疎ましいだけの存在だったのかもしれない。
優しくて、いつも慕っていた兄が、母の言葉を間違った意味で呑み込み、私に冷淡な視線を向けるようになったことが、悲しくて悔しくて、私はまた一人寝床に戻ると、声を押し殺して泣いた。
喧嘩には、少なくとも二種類ある。
一つ目は、仲直りできる喧嘩。もう一つは、仲直りできない喧嘩。
圭一と私の、最初で最後の兄妹喧嘩は、その、もう一つのほうだった。
それからさらに数週間。
街では夜な夜な、人が斬られているとの噂が立ちはじめていた。
コメント
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ど、どうなるんだ?!ッです! え、仲直りしてほしい…2人共一緒に笑ってほしい…あ、え?辛ーい、でもこの辛さもいい…でも、え?あ、どうか仲直りできて2人で幸せになって欲しいッッッッ……あ、今回も凄く素敵です!最高でした! もう応援しまくりの上の領域です! あ、続き待ってます!無理はしないでくださいね!