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御子柴聖 十七歳
早朝六時丁度、分厚い雲から太陽の光が漏れだす事はなかった。
カチャッ、カチャッ。
少し暗いリビングで、あたしは妖銃の手入れをしながら、昨日の集会で出た話題について思い出していた。
東京に来てから一か月近く経つけど、八岐大蛇の居場所も未だに掴めていない。
勿論、簡単に見つかるとは思ってなかったけど、百鬼夜行を復活させる為に妖怪達の封印を解いている。
陰陽師達の惨殺しながら、あたし達よりも早く行動に移して…。
「八岐大蛇は何の目的で、あたしに呪いを掛けたんだろう」
それだけが未だに疑問だ。
あの時、お父さん達と同じように殺せた筈なのに、あたしは右脚はなくなったけど奇跡的に生きている。
いや、この場合は生かされているの方が合ってるな。
でも、死ぬ呪いをかけたのだから殺す気なのか。
「ー嬢、お嬢?」
「!?」
ふいに声掛けられ、声の方に視線を向けると蓮があたしの顔を覗き込んでいた。
「れ、蓮!?いつの間に?」
「さっきから何度も呼んでますよ、どうかしました?」
「へ?」
そう言うと、蓮があたしの眉間を軽く突いてくる
「可愛い眉間に皺が。お嬢はすぐ、一人で抱え込もうとしますから、毒抜かないと駄目ですよ?僕に話せない事ですか?」
「蓮…」
蓮はいつだって、あたしに優しい言葉をくれて心配してくれる。
あたしが蓮の立場だったら話してほしいもん、話してくれなかったら寂しい。
蓮もあたしと同じ思いをしてほしくない。
「八岐大蛇は、どうしてあたしに呪いを掛けたんだろうって思ってさ…。」
「お嬢…」
「謎なんだよね…。あの時、殺されていてもおかしくなかったのにって」
あたしの言葉を聞いて、蓮は表情を曇らせていく。
「だけど、少しずつだけど八岐大蛇に近付いています。僕は…、呪いの進行が無くて安心してるんです。お嬢が、僕の目の前で生きている実感が出来ているので…」
蓮はソファーに腰を下ろし、隣に座りながら刀の手入れをしながら囁いた。
まさか、蓮がそんな事を思っているとは思ってもみなかったのだ。
八岐大蛇の件で、蓮の心に傷を負っているとは思っていたけど、ここまでとは思ってもみなかった。
蓮は…、蓮はただ生きているあたしの姿を見れるだけで良いの?
呪いが進行しなくて安心してくれているの?
「そんな風に思っていたの?」
「すいません、お嬢は早く八岐大蛇を見つけたいのに、僕は…、従者失格ですね」
下を向く蓮をあたしは、ソッと抱き締めた。
「お、お嬢?」
「嬉しい。蓮にそう思われて…、嬉しいの。蓮は従者失格なんかじゃないよ、寧ろあたしにはもったいない。いつも、あたしの事を守ってくれて、本当にありがとう」
こんなにもこの人が愛おしい、体が勝手に動いてた。
あたしなんかの為に、頭を悩ませてしまう蓮がとても愛おしい。
好き、蓮が大好き。
出会ったあの日から、ずっと蓮に恋して生きてきたの。
だけど、この思いは絶対に蓮には言えない。
言ってしまえば、彼の事を永遠に縛り付けてしまう事になる。
そんな事しちゃいけない、呪いが解けたら蓮の事を解放しなちゃいけない。
あたしに為に殆どの人生を注がせてしまっているのに、その張本人が我儘を言ってはいけないのだ。
「…、お嬢」
「え?」
蓮の熱の籠った熱い手があたしの頬に触れ、奇麗な顔がゆっくりと近付いて来た。
紫色の瞳があたしを映してる、あたし達の間に流れている時間が止まっているよう。
時計の針が動く音だけが聞こえ、時間が止まっていない事が分かっているのに、分かっているのに動けない。
あたしが振り払えばすぐに終わる時間、そんな事は分かってる。
頭では理解出来ているのに、体が動く事を拒んでしまってた。
蓮の瞳…、綺麗でずっと見ていられる…。
この瞳に見つめられてしまえば、あたしはどこにも逃げられない。
「お嬢」
そう蓮に優しく名前を呼ばれ、あたしと蓮の唇が少しの距離で触れ合いそうになった時だった。
プルルッ!!プルルッ!!
「「!?」」
蓮のスマホが大きく鳴り響き、あたし達は同時に離れる。
「あ、すいません!!電話に出て来ます」
そう言って、蓮はそそくさと部屋を出て行った。
パタンッと閉ざされた扉を見つめながら、ソファーに倒れ込む。
え、え?
今の何だったの?
もしかして、蓮はあたしにキスをしようとしたの?
蓮はあたしの事を?
嫌われてはないと思うけど…、そう思うだけで顔が赤くなるのが分かる。
ドクドクと早く脈を打っていて、今にも死んでしまいそうな程の幸福が押し寄せた。
そんな事されたら、好きになってしまう。
あたしから蓮から離れる事が出来なそうだと、強く思ってしまった。
***
本城蓮 二十四歳
「やってしまった…」
僕はその場に座り込んで顔を押さえる。
今まで隠し通してきた感情が、お嬢の前で溢れ零れ出してしまったのは不覚だった。
お嬢に抱き締められた途端、自分の理性が制御出来なかった。
ただ、触れたくて仕方がなかった。
僕のモノにしたくて、初任務の後からその感情が強くなってる自覚は出て来てて、お嬢の前では出さないようにしてたのに…。
理由を言語化するならば、兄貴が僕と同じ感情を持っていると気付いたからだ。
お嬢と兄貴が仲良くしているのを見ると胸が痛み、同時に怒りが湧き、自分の気持ちが強く前に出て来てしまっていた。
本当は好きだと言いたい、本当は思いっきり抱き締めたい。
あの細い肩に触れたくて、お嬢の頬に触れたくて、誰にも渡したくはない。
お嬢は僕の事を優しいと言ってくれるが、本当の僕は優しいなんて言葉は似合わない男だ。
だけどこの気持ちは、八岐大蛇の件が終わるまで告げないとあの日に決めた。
あのタイミングで電話が来て助かった…。
自分の顔が赤くなるのが分かる。
プルルッ!!プルルッ!!
「は!そうだった…。電話に出ないと…」
顔のほてりを冷やしながら、僕は通話ボタンを押した。
「もしもし」
「やっと電話に出たか。寝てたのか?蓮」
「智也さん?すいません、どうかしましたか?」
僕に通話を掛けてきていたのは、智也さんだった。
「いや、俺の下の奴らが車を出すって言ってな?もう学院にいるらしいんだ。だから、お前と聖様は学院までは徒歩で来てほしいんだ」
「そうだったんですか。わざわざ、ありがとうございます。助かります」
「まぁ、アイツが勝手に言い出しただけだしな。好きに使っていいからな?蓮」
「智也さんの直属の部下に、無礼な真似は出来ませんよ。気持ちだけ受け取っておきます」
「お前は下の者に対しても、横暴な態度は取らなかったな。ま、そう言う事だから、よろしく頼む」
そう言って、智也さんは通話をを切り、ついでに現在の時刻を確認する。
そろそろ出ないと間に合わないな。
ガチャッ。
扉が開く音が聞こえ、振り返るとお嬢が制服に着替え立っていた。
「智也さんから?」
「はい、智也さんの部下の肩が車を手配していてくれたらしくって。その連絡でした」
「そっか。じゃあ、そろそろ出ないといけないね。蓮、まだ着替えてないでしょ?着替え待ってるから」
「あ、はい!すぐ着替えて来ます」
お嬢はっさきの出来事など気にしていない様子で、僕に声を掛けてくる。
僕はそう言って、少し肩を落としながら自分の部屋に入った。
***
御子柴聖 十七歳
着替えを済ませたあたし達は、智也さんの指示通りに、徒歩で学院に向かった。
「たまには歩いて行くのも良いね、学生って感じがしない?」
「確かに、平日のこの時間に歩いているとそう感じますよね。お嬢と歩いていると、僕も学生気分を感じる事が出来ます」
「本当?そう思ってくれると嬉しい」
「本当ですよ、僕はお嬢に嘘はつきません」
語尾を強めて言うものだから。おかしくて笑ってしまう。
「ふふっ」
「あ、その反応は信じてませんね?本当ですからね、信じて下さいよ」
「違う違う、信じてるよ?あたし今まで、一度も蓮の言ってくれた言葉を疑った事ないのにっ。蓮が必死に言うから、おかしくって」
「笑い過ぎです、お嬢。流石に傷付きますよ?」
蓮はそう言ってそっぽを向いてしまい、あたしは慌てて弁解する。
「馬鹿にした訳じゃないんだよ、蓮!あたしはずっと蓮の事を信じてるって事なの!だから、そんな心配しなくても大丈夫なのにって、そう思っただけなの」
あたしの言葉を聞いた蓮は足を止めて、ゆっくりと顔を近付けながら口を開く。
「本当ですか?」
「ほ、本当だよ?信じてくれないの?」
顔を近付けられると、さっきの出来事を思い出してしまう。
心臓が脈打つ鼓動が耳に響き渡り、顔を見られて恥ずかしいのに、恥ずかしい筈なのに蓮に見られていたい。
あたしは蓮に対してだけ、こんなに欲深い女なんだ。
「お嬢の事を疑った事はありませんよ、僕は。ふふ、お嬢の可愛い顔が近くで見たくなってしまったんです。すみません、無礼でしたね」
「え、え?」
「少し急ぎましょうか、時間がヤバそうです」
「あ、うん」
そう言って、蓮は腕時計で時刻を確認しながら駆け足気味で走り出してしまう。
あたしの側を離れていく背中が切なく見えて、胸が締め付けられる。
息苦しさ感じるのは、あたしが蓮の事を好き過ぎるからだろうか?それとも、他にも違う感情があると言うのか。
「好きだよ、蓮」
蓮はあたしが言った言葉が聞こえていないようで、あたしが付いてきているか心配して振り返ってくる。
「お嬢?どうかしましたか?」
「ううん、何でもない!行こう」
恋心が募った言葉を踏み潰すように、地面を強く踏みつけて走り出した。
***
あたしと蓮が学院に到着すると、派手な金髪の髪を短く切り、真っ黒なサングラスを掛け、更には和柄シャツを着たチンピラが、偉そうに黒のアルファードの隣に立っているのが見えた。
チンピラがあたし達を見て、満面な笑みを浮かべて駆け寄って来る。
「あ!蓮さん、お久しぶりッス!!!お元気でしたか?」
「お久しぶりです、今日は車を出して頂いてありがとうございます」
「全然良いッス!!!自分、結構暇なんで!あの、蓮さんの隣に居る方が…、聖さんッスか?」
「そうです」
蓮の言葉を聞いたチンピラは、あたしに向かって勢いよく頭を下げる。
「聖様、初めましてッス!!!今日は、自分がお送り致しますッス!!!」
「もしかして、智也さんの言ってた人ですか?」
「ハイっす!自分はオサムって言います!鬼頭家でお世話になってます!!!それにしても聖様、めちゃくちゃ麗しいッス!!!」
「う、麗しい?あたしが?」
「聖様しか居ないッスよ!野に咲く花とは、まさに聖様の事ッス!」
オサムさんはそう言って、あたしの事を凄く褒めてくれた。
見た目と態度のギャップが大き過ぎて、ちょっと驚いてしまう。
可愛い人だな、オサムさんって。
「あ、あの、オサムさん。野々山達が来たら…」
「蓮さん分かってますよ!アニキも言われてますので、ご心配なく!余計な事は言いませんので!!!」
そう言って、オサムさんは誇らしげに腰に手を当てた。
「宜しくお願いしますね?オサムさん、頼りにしてます」
「聖さんにそう言って、貰えてオレ感激です!!!お任せ下さいッス!!!このオサム、任務を全うしますッス!!!」
「あはは…、助かりますぅ…」
本当に大丈夫かな…。
「おはよう聖」
あたし達の前方から、隼人が歩いて来るのが見えた。
「おはよう隼人」
「あれ?まだ、先輩等は来てねぇ感じ?」
「そうだよ」
「ん?もしかして、この人は鬼頭家の?」
隼人はオサムさんを見つめると、オサムさんは再び勢いよく頭を下げる。
「ウッス!アニキからの任務っス!今日は宜しくッス!!!」
「アニキ?あ、智也さんのか。やっぱり、なんか見た事があったんだよな」
「オサムさんが送り迎えしてくれるらしいの」
「あ、マジ?今日は頼んます」
あたしの言葉を聞いた隼人は、そう言って軽くオサムさんに頭を下げていると、背後から美月先輩に声をかけられた。
「おはよーって、あれー。もしかして、俺等が最後?」
後ろを振り返ると、野々山双子と知らない女の人が立っていた。
栗色のボブヘアーに似合う童顔な顔立ち、身長も低く小柄な体の彼女は守ってあげたくなる見た目。
雛先輩からの視線を感じ、あたしは雛先輩に挨拶をする。
「雛先輩、おはようございます」
「あ、おはよう。それから…、先生も」
あたしは雛先輩に挨拶すると、何故か雛先輩は蓮の方を見ながら挨拶を返してきたのだ。
雛先輩が蓮に向けている視線は、普通に先生を見るような視線ではない。
頬を少し赤らめて、様子を伺うような視線を向け、蓮からの反応を待っている姿は恋をしている女の子そのもの。
もしかして、雛先輩は蓮の事が好きなの?
二人って何か接点があったっけ、あたしが知らないだけかもしれなけど。
「おはよう、野々山」
「きょ、今日は宜しくお願いします、先生」
蓮から朝の挨拶を返された雛先輩は、長い髪を弄りながら蓮の方に視線を向けずに呟く。
雛先輩と蓮の事を交互に見つめていると、ボブヘアーの女の子があたしに近付いて来た。
「聖ちゃだよね?私は山田花です。美月と雛と同じで、三年生なの。結界師として、今回は同行させて貰うね」
「花先輩ですね、宜しくお願いします」
結界師なのか、花先輩は何級なんだろう。
そう思いながら、胸バッチを見ると壱級と書かれていた。
壱級なのか…、でも確かこの間の集会には居なかった筈だけど…。
「こないだの会議にいなかったですよね?花先輩」
「その日、結界師と陰陽師の会議は違う所で行われたの。聖ちゃん達は妖怪を退治する側だから、私達は結界師は陰陽師のサポート役だからね?今回の任務内容は聞いてるから、安心してね」
「成る程、別々の場所で会議があったんですね。今日は宜しくお願いします」
あたしがそう言うと、美月先輩が花先輩の肩を叩き、会話に入って来た。
「花は真面目だから、安心して良いよ?」
「美月が真面目じゃないんでしょ?なんで、美月が自慢気に言うのよ」
「お前が謙虚だから、俺が代わりに言ってやってんの。花の結界のおかげで、何回も助けられた事があっただろ?マジで、花がいて助かった場面もあんだからよ」
「もうっ、そう言ったら許されると思ってるんでしょ?それで許しちゃう私も私なんだよね」
美月先輩と話してる花先輩の雰囲気が少し違って、さっきよりも可愛く見えるのは恋のちからだからか。
花先輩はもしかしたら、美月先輩の事が好きなのかな?
「おーい、お前達。そろそろ、車乗るぞ!!」
少し大きな声で、蓮があたし達を呼んだ。
「はーい」
返事をして車に乗り込むと、蓮の隣を既に雛先輩が座られてしまっていた。
え、何で雛先輩が蓮の隣に座ってるの?
蓮の隣に座ろうと思っていたのに、残念だな…。
「じゃあ、私は助手席乗るね」
花先輩は助手席に座ると、美月先輩があたしに声をかけてくる。
「聖、俺と座ろうぜ?」
そう言って、美月先輩があたしの背中を軽く叩いた。
「あ、はい!」
あたしと美月先輩は後ろに乗り込み、隼人は一番後ろに座る。
「それじゃあ、和歌山に向かいます!」
オサムさんはそう言って、車を和歌山に向かって発進させた。
この時は知らなかった。
まさか、この任務がきっかけであんな悲惨な事になるとはー。
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