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俺は確かにこの船でノアを打てる唯一の医者だ。しかし、ノアのことは何も知らない。例えば、どのような成分が含まれていて、どのようにして作るか。誰が何の目的で作ったのかなど。反対に知っていることといえば、危険な薬で世間に出回っていないということくらいだ。

カルテを読み直し終えた俺は翌日、檻に居るクリーチャーの経過観察にガルネンと行動を共にしていた。 檻に居るそれはぐったりとしている者と、俺たちを見るや手を伸ばして掴みかかろうとする者の二極であった。

「君はこの差をどう見るかい。」

「最初から立てていた俺の仮説に過ぎないが、この差は生命力にあると思う。」

「ほう。」

ぐったりしていた者は既に正気を取り戻している為、檻から出しながら仮説を説明する。

「体重なども関係しているかもしれないが、ここで言う生命力は、残りの寿命と捉えた方がいいだろう。生命力の高く、若い、特に男性は薬の効能が薄く、持続しずらい傾向だ。それが不老不死への鍵を握ると思っている。」

「学術論文にもそれに近い考察が出ていたね。」

「ただ、寿命という存在に近い別の何か・・・・であるという可能性だってある。」

「例えば、何かあるのかい。」

檻から解放した希望者と、体調などの質疑応答しカルテに記してからその質問に答える。

「例えば、肌年齢だ。」

「肌年齢かあ。」

考えもしなかったと、彼は顎に手を当てて考える。希望者には早々に退室してもらい、残りの希望者の解放を続ける。

「創作に出てくる魔女を考えてみれば分かりやすい。魔女は何を求めて悪さするだろうか。」

「若さ、美貌、乃至永遠の命とかかな。」

「若さも美貌も、俺たち人間は同じ人間の年齢を予想する上で、そいつのどこを見る。」

「肌だね。シワとか、たるみとかかな。」

薬を取り出して、液体を観察する。

「その通りだ。魔女は永遠の命を求めたのはその2つを求めた究極にすぎない。そしてノアによる再生は、肌から行われる。そうは言ってもだ。細胞組織が傷つけられた際の再構築は、生まれつき全ての人間に備わっている。最も多くの回数の細胞組織再構築を行う部位は肌だ。

もしこの薬が細胞単位に影響、干渉、もしくは再生と破壊を行うモノだとするならば、依存すべき能力は元来個々が持つ肌の再生速度にあると見てもいい。だからこそこの薬は錠剤や粉薬などの飲み薬ではなく、注射という最も直接的に肌と血液に影響するやり方なのだろう。」

「なかなか鋭い考察じゃないか。」

「真っ先に老齢のD.G.がクリーチャーになりかけたことについても、肌年齢か寿命という観点から説明がつく。」

「肌の年齢と寿命か…考えてもみなかったよ。君の仮説は、今のところ最も有力かもしれないね。」

「ただし、肌年齢は男性より女性の方が低い場合が多い。薬の効能が男性の方が薄いという説明は、肌がどうのこうのではできない。この論理は完全ではない。

というか、考えてばかりいないで手伝ってくれないか。檻の鍵の種類が多すぎて合わないぞ。これどうやって鍵を見つけるんだ。」

少なくとも檻は20個あるため、鍵も20種ある。リングに通された鍵はジャラジャラと姦しい。これを1つ1つ試しても全く合う気配が無く、徐々に苛つきが出てくる。 うんうんと頷き続けて俺の仮説を吟味してばかりで、全く手を動かしていない。彼は居ない方がマシだったかもしれない。

「シャルル君、この計画が終わったら、ノアの論文を書いてみないかい。お願いしたいよ。君はまるでノアの専門家だ。」

「断る。面倒そうだ。」

「ええー頼むよー報酬を僕のポケットマネーで出すからさあ。」

「いいからさっさと手伝えよ。ほら。

俺は肌の状態によって不老不死に成るか成らないかを左右するという仮説を全く信じたくない。個人的には全く信憑性がない。先述のように穴があることももちろんそうだが、肌年齢が関わっているとするならば、最も若い年齢で女性のララが希望者の中で最も有力な不老不死だ。肌に固執していない俺が、女性で肌に気を遣っているであろう彼女より、肌の状態が優れているとは到底思えないのである。そういう劣等感が、俺を彼女に嫉妬させる。何より肌の状態で不老不死が影響するなんて、意外だがバカらしい話だ。

「ところで、未だ元に戻らないここに居る希望者は一体どうするつもりだ。産業廃棄物として処理するにしても、人間の形を保っている以上は問題になるぞ。」

「さあ、どうしようか。檻の環境も問題だね。排泄をそこらでされたら、非常に迷惑だ。」

「既に手遅れだと思うが。」

水音のする方に顔向けると、既に行為の真っ最中であった。暖かいその水は湯気と共に臭いを発する。

「最悪だ。」

「同感だ。」

「ここはもうそういうところだと割り切るしか他に無いね。」

「奴らを元に戻すことは試したのか。」

「いや、まだだ。逆に聞いてくるってことは何か当てがあるのかい。」

俺は行動で答える。粗相をしたクリーチャーを檻から我々を捕まえんとばかりに出す腕をナイフで一突きしてみる。クリーチャーは痛みに悶え、刺された腕を引く。しばらくすると、彼は正気を取り戻した。刺された腕は急速に再生し、ナイフを取り込むように刺さったままである。

「こんなふうに痛みで戻る場合がある。貴様はカルテをちゃんと読んでいるかは知らないが、こうなる事例があった。」

「見事だなあ。」

本当に一々所作が癪に障る人間だ。

「うわ。最悪だ。ズボンが、ズボンがションベンで濡れてる。」

「大丈夫か。今、檻から出してやろう。直ぐに脱いで風呂に入れ。そのナイフは返してくれ。」

慌てた様子で希望者は自身の腕からナイフを抜き、血がドロドロと出てくる。それを見た希望者は尚驚き、焦っている。ナイフを抜けば血が出ることは道理のはずが、それが理解し得ないほどに混乱している。それを尻目に俺は檻の鍵穴と鍵を照合し開ける。今回は奇跡的に数度試すだけで開いたため、1分も掛からなかった。

「ああ、ありがとう。助かったよ。どうしてオリなんかに閉じ込められてたんだ。」

「それらの質問には、俺の質疑応答に答えた上で全て話そう。体調に変わりは無いか。」

「ああ。まあちょっと腕が痛いって感じだ。」

その傷もじきに治ってゆく。出血も少なくなり、生々しい再生のし方だ。受け答えの末にカルテに情報を記してゆく。

「痛みを受けるまでの記憶はあるか。」

「あんま覚えてない。刺された瞬間目が覚めたんだ。」

つまり、クリーチャーは二重人格のようなものなのかもしれない。もう1つの凶暴な人格を形成し、人を襲う。元の人格は裏に秘めたまま。今はそれで良い。少々痛めつけさえすれば、元に戻る。しかし、完全にクリーチャーになってしまったが最後、我々人間はいったいどう対応すれば良いのだろうか。

不死身«クリーチャー»

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