※この物語はフィクションです。
実在の人物及び団体などとは一切関係ありません。
「はじめまして。僕の名前は 月島調(つきしましらべ)。 SNS探偵(ホームズ)の愛弟子です」
現れたのは、まるで雑誌から抜け出して来たような背格好の高校生風の男だった。
「合言葉は――」
合言葉を口にしようとする青年を制するように、俺はそいつの首根っこを掴んだ。
「帰れ」
〈Case 3@予言の手紙の種〉
高校1年の弟のような幼い顔に、薄い 体躯(たいく)、俺よりも頭1つ分近く低い身長。
明るい髪色の調と名乗る少年は明らかに未成年だった。
服装込みなら高校生だが、顔だけなら中学生にも見えるかもしれない。
「ガキがこんな時間になにやってんだ」
時刻は夜の9時過ぎ。
この時間なら補導はされないが、高校生と待ち合わせるには遅い時間だった。
俺との用事が済んだ帰りに補導される――なんてことになりかねない。
高校生を寄越したホームズに悪態をつきながら、調のコートの襟をネコの子のように掴んで部屋から出そうとした。
「――え」
が、調はするりと、それこそネコのようなしなやかさでコートから脱皮した。
キャメル色のコートがヘビの抜け殻のように俺の手に残される。
「人を見た目で判断すると痛い目に遭いますよ、ラビさん?」
調は俺の横をすり抜けて、カラオケルームの1番奥に腰かけた。
悠々と足を組み、膝に頬杖をつく。そして、プラスチックのカードのようなものを投げてよこした。
受け取ったそれは、車の免許証だった。
月島調、男。
先程口頭で伝えられた『月島調』という名前が本名であることにも驚いたが、年齢に驚いた。
年齢、21歳。
にじゅう、いち。
免許証の少しブサイクな調と、目の前の調の顔を何度も見比べた。
だが写真写りの悪さも年齢も変わらない。
「僕の話、聞く気になった? なったなら、そこの受話器を取って僕の言うことを復唱してください」
そう言うなり、調は嬉々としてメニュー表を手にした。
まるでファミレスではしゃぐ子供のような顔でメニュー表を捲っていく。
「メロンソーダ、揚げたこ焼き、マルゲリータのL、シーザーサラダ、オニオンリングタワー、スパイシーポテトフライ、ボンゴレうどん――……」
目に付いたものを片っ端から口に出していく姿は、やっぱり子供じみていた。
呪文でも唱えるように注文を済ませ、俺は入り口に近いソファーに座ってせいぜい高校生にしか見えない調と向き合った。
「……合言葉は」
俺の今更な問いかけに、調は幼げな顔には似合わない、大人びた笑みを作った。
泣きぼくろのある目を細め、唇で弧を描く。
「真実が幸福の味方とは限らない」
不思議と耳に馴染み、いつまでも胸に残るような言葉だった。
そしてそれは確かに、ホームズから伝えられていた合言葉だった。
月島調、彼がホームズの弟子。
「他にも誰か来るのか?」
「え、僕1人だよ?」
「……あの量を1人で食べる気か?」
調は「控えめなくらいさ」と言って、俺のコーヒーを飲み干した。
喉まで出かかった悪態は、仕方なく呑み込んだ。
料理が運び込まれてくるまでの時間潰しのように、調はのんびりと口を開く。
「じゃあ、本題に入りましょう。例の手紙を見せてください」
「ああ」
家に届いたのは全部で5通。
5通目で、終わったのだ。
ホームズに連絡を取った翌日以降から配達はぴたりと止まり、6通目は1週間たった今も届いていない。
調はコートのポケットから白い手袋を嵌めてから、手紙を手に取った。
そして5通の手紙をひとつずつ天井の光りにかざし、内容を 吟味(ぎんみ)した。
とは言っても、それは既に俺がやったことと同じで、手紙の内容もホームズに伝えてあった。
手紙には、届いた日に発表されたニュースや、俺の身に起きたことが書かれている。
だが郵便局が押印した消印は2日も前のもの。
2日後に起こることを予知し、手紙にして俺に送った――ということになる。
「事前にホームズさんから聞いていた通り。……それにしても、もうちょっと綺麗に開封できなかったの?」
調は不満そうな顔で、ギザギザと波立つ開け口を撫でた。
「ハサミがなかったんだ」
「カッターも?」
「カッターも」
ふうん、と調は気のない 相槌(あいづち)を打った。
そして手紙をまとめて俺に返してきた。
「差出人の特定は難しいでしょうね。切手の裏なんかには指紋とか残ってるかもしれないけど、比較するためのデータベースをホームズさんは持ってませんから」
「そうか」
「でも、この予言めいた手紙のトリックはわかっています」
調はもったいぶるように足を組み直し、顔の前で両手の指を交差させるように組んだ。
薄い紅茶色の瞳に、理知的な光が宿る。
「ホームズさんの推理をお伝えします」
組んだ手の奥、調の口唇に 愉悦(ゆえつ)が浮かぶ。
「真実はホームズの掌に」
少年のようなあどけない顔には似つかわしくないのに、不思議と調和して見える。
表情一つで別人のように印象が変わり、まるで子供と大人の間を自由に行ったり来たりしているようだった。
「手紙は郵便局を経由せずに、あなたの自宅のポストに直接投函されたんだと思います」
確かに、それならその日に起きた出来事を手紙に書くことは可能だろう。
だが問題がある。
「消印はどうなる。 捏造(ねつぞう)(か?」
俺の問いを、調は首を横に振って否定した。
「おそらく、差出人は一度自分宛てに手紙を郵送したんですよ。その際、宛て名などは鉛筆で薄く書いたんでしょうね。封も、ごく軽くしかしなかった。だからどちらの形跡も残ってない」
それなら本物の消印が封筒に残っている理由に納得がいく。
一部の隙もなく厳重に封をされていたのは、未開封であることを強調すると同時に、最初の封の跡を誤魔化す意図もあったのかもしれない。
「あとは俺をこっそり尾行して行動を把握し、当日のニュースをチェックして、俺が帰宅するまでにポストに直接入れた?」
「そうなりますね。手紙が必ず夕方以降に届くのも、君を尾行する必要があるからでしょう。本当の予言の手紙なら、事が起こる前……朝のうちに投函されるはずです」
1度使った封筒を再利用し、俺の家のポストに直接投函する――それは、俺の推理した通りだった。
初めから、ホームズの推理なんか期待してなかった。
「なあ、アンタ本当にホームズの弟子か?」
俺が敢えてカラオケルームで会うことを選んだのは、
「アンタ、 SNS探偵 (ホームズ)本人だろ」
ホームズに会うためだった――。
〈続〉
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そおゆーことかーーー