初めて登下校を2人でしてから1週間が経った。僕は心がどっちつかずのままそれが態度に出ていたようで、発言にも現れていた。いや、もしかすると一緒にいられることへの安心感で浮き足立っているせいもある。
11月の月はとにかく寒い。寒さ自体はそうでもないけれど、夏との落差のせいでより寒く感じる。サウナのあとの水風呂みたいなものだ。寒暖差が激しいため全員が風邪に気をつけなくちゃいけない。汗をかけば寒いし、かといって歩けば汗をかいてしまう。こうして今も夕方であの公園に向かっているけれど、じんわり汗ばんだ与田さんの肌は斜陽に照らされて化粧をしているみたいだ。
「ん?どうしたんですか近藤さん。」
「寄り道をしたいなと思ってさ。」
しまった。あんまり長いこと見すぎてたみたいだ。とっさに誤魔化してしまった。
「いいですね!どこかにゲーセンでもありますか?」
1週間前と比べると、彼女はすっかり元気になったみたいだ。外出をするのも臆病になってないし、クラスの人たちとも打ち解けたみたいだ。彼女のコミュニケーションに関しては僕は全く心配していなかった。もとより溌剌な性格で、言葉遣いだって選べるような聡い人だから友人も早く作れるだろうって思ってた。
「ここから10分くらい歩いた商店街に、ゲーセンがあるんだ。何がしたい?」
「んー。あんまり行かないから、何があるのか分かりませんけどUFOキャッチャーが良いです。」
「かしこまりました。お嬢様。」
「もう!なんですかそれ。やめてくださいよ近藤さん!」
僕たちはゲーセンに向かうことにした。楽しそうで何よりだ。与田さんの笑顔はこっちまで笑顔になりそうだ。
「最近ね、委員長さんとよく話すんです。学校のこととか、勉強のこととか、近藤さ…ううん、友達のこととか。」
「へえ、それは何よりだ。ということは、委員長の他にも友達が出来たんだな。」
僕のことを話す?聞き間違えるほど僕はそんなに鈍感じゃないぞ。しかし、一体僕の何を話しているんだろう。普通に僕のことを話しているならば、きっと好意的な内容なのは間違いない。だけど僕には以前見ていた予知夢がまだ残っている。彼女はそのうち僕に嫌いだと言う。それを考慮してしまうと完全僕についての話がどういうものなのかは分からなくなる。
んー、焦れったい。何がそうなるかって、彼女のことについて知らないことがあるのが焦れったい。会った当初はそんなふうには思わなかったのに、だんだん惹かれているのがわかる。最初に会ったときなんかは、僕自身の評価を気にして家出の理由を尋ねたりなんかはしなかったけれど、今は何でも知りたいものだ。
「は、はい。そうなんですっ。みんないい人たちで良かったです。あはは。」
っと、ゲーセンに着いた。入口の自動ドアが開けば、けたたましい機械の音が聞こえる。賑やかな夕方の、学生たちの集会所だ。
「あれ、これ…。」
与田さんが数あるUFOキャッチャーの中で目を付けたのは、なにかアニメ調の小さなラバーストラップだ。
「にゃー子様だ!これ取りたいです。」
「これでいいの?よし、任せてくれ。」
与田さんが興味をむけたのは、ちょっとブサイクな猫耳のマスコットだった。
昔の人は言った。矢を放つときは、当たりハズレを考えず、ただの一発で仕留めろと。ここは格好をつけたいところだ。
「先輩、がんばれー。」
力強く与田さんが囁く。ふふ、なんで囁いてるんだろう。周りの機械はけたたましい音を奏でているはずなのに、なぜか僕には彼女の声しか聞こえなかった。いわゆるゾーンというやつかもしれない。100円玉を入れていざ出陣。難易度こそ難しくないが、ストラップは平べったい。掴んでからが勝負だ。
「あ、掴んだ!よし、そのままそのまま…。」
コロン、とストラップはアームから落ちてしまう。チクショウ!憎たらしい顔だ。だけど、完全に落ちたと思いきやストラップのチェーンがアームに引っかかった。
「「ええええ!?」」
そのまま景品受け取り穴のところへ、重力に逆らわずにストン。僕たちは驚きの表情を隠せずに顔を見合わせた。
「「あははは!!」」
なんておかしいんだろう。こうやって見るとストラップは愛らしい顔をしていると思える。…いや?やっぱり憎たらしい顔だな?
与田さんは受け取り口に手を入れて、慣れた手つきで学生カバンに付けた。
「見て!可愛いでしょ。これで離れたところから見てもわたしだって分かるね。」
「ほんとだ。確かにこれなら離れたところからでも分かりそう。」
時刻はすっかり夜になってしまった。さあ、名残惜しいけどもう帰ろうかな。こんな時間が続けば良いのになあ。
僕たちは公園まで共に歩き、またここでと別れの言葉を言って家に帰った。与田さんはその足がリズミカルに動いていて、スキップを我慢しているように見えた…楽しんでくれたなら何よりだな。
「僕も帰ろう…きっともう夕飯の時間だ。」
ふと、家の玄関を開ける直前、違和感を感じる。違和感は違和感でも、物々しい違和感じゃないから安心してほしい。ただ、隣の家が妙に閑散だっただけだ。よく見てると、住人の趣味で並べていた植木鉢なども無い。あれ結構好きだったのにな。他所の家のことを勝手に調べるのはご法度だけど、どうしても気になってしまったので、僕は姉さんに訊いてみることにした。
「ただいまあ。」
「おかえり。遅かったな。」
やはりいつも通りキャミソールと短パンのダル着で、家でぐうたらしてたみたいだ。
「隣の家のさ、住吉さんだっけ?なんか家が妙に片づいてるんだけど、知らない?」
「あー。あのおばあさんのことか?昼間ガタガタ音がしてたぞ。息子さんとそのうち引越しでもするんじゃねーか?」
ああ、そういうことだったのか…。合点がいった。てことは、僕たちの家のお隣は空き家になっちゃうんだ。
新しい生活というのは心が踊るものだ。学校や職場が変われば、馴染みの無いほうにその帰属意識を変えなくちゃいけない。一見するとあまり良くないふうに聞こえるというのに、僕ら人間の心がワクワクするのは一体どういう矛盾だろう?何か学者のようなことをベッドの中で考えていたら、知らず知らずのうちに僕は眠ってしまった。
この感覚は予知夢だ。そういえば、間隔が少し短い気もするな。1ヶ月に1度ほどだったのに、毎週見ている気がする。でも、元々不定期だったしこんなものか?
「一花ちゃん、ちょっと手伝って欲しいの。先生の手伝いでちょっと重いものを科学室に置かなくちゃいけなくって。」
「うん!いいよ。」
僕に顔をむけた1年2組の委員長がそう言った。一花ちゃん?ああ、与田さんのことかな。僕が与田さんに乗り移った視点で見ている夢みたいだ。だからだろうか、普段身長差のせいで彼女たちの顔が目の前に来ることはないのに、今は目の前にあった。
「ありがと、事務室にあるみたいだから!ダンボールを先生に取ってもらってね!」
委員長は別の仕事があるからか、走り去っていった。…うん、事務室はここだろうな。ノックして扉を開けてみるも、誰も居ないみたいだ。
「ダンボールに入ってるって言ってたよね…。すみません、1年2組の与田です。科学室に運ぶ荷物を委員長の代わりに運びに来ましたー。」
あ、このダンボールか。書き置きがあった。
「これ、結構重い…!」
階段の登っていると、足を踏み外ししてしまった。う、わ。いつもと違う身長のせいか…?ダンボールは手から派手に落ちてしまって、下の階へガラスを飛び散らせてしまった。
「やっば…!」
っていうか、僕もバランスが取れない…!落ちる…!これは死ぬぞ!
その時、クリアになった前方の視界に映ったのは僕の姿だった。…え?押したのか…?お前が。
「うわあああ!」
マジでなんなんだよ…もう。変な夢ばっかり見る。でもこの気味の悪さは、近いうちに現実になるということ。予知夢の証だ。
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