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「――私には妹が居ました……」
窓から覗かせる黄昏の夕闇を背に、亜美はゆっくりと過去を綴っていく。
「…………」
幸人は完全に聞く姿勢だ。亜美の話を真摯に耳を傾けている。
“妹が居た”
狂座の事以前に、その共通点を自分と重ね合わせていたのかもしれない。
だが亜美の言う『居ました』とは、どういう事だろうか。明らかに過去形である。
「私が18の時に両親が交通事故で亡くなってしまって……。私は当時社会人に成り立てでしたけど、5歳下の妹の美央(ミオ)はまだ中学生。私はあの子が社会人になるまで、親代わりとして共に過ごしてきました」
共に両親を失っている事まで、二人の間には共通点が多い。
幸人は最初から感じていた。亜美とは何処か他人事とは思えなかった事に。
「姉馬鹿と思われるでしょうけど、本当に可愛い位にお姉ちゃんっ子でしてね……ふふ。大変でしたけど楽しかったなぁ……」
亜美は昔を振り返りながら、何処か楽しそうに――でも何処か哀しそうに微笑していた。
「……分かります。私にも妹が居ましたから」
その様に幸人も思わず自分の内を明かす。
「幸人さんにも妹が? ふふ……やっぱり兄馬鹿みたいな?」
「恥ずかしながら……はは」
「私達、似た者同士ですね」
その類似点に御互い笑いあった。
だがそれと狂座に何の関係があるというのか。
「はは……」
亜美の微笑が自傷へと変わっていく。
「……妹さんは現在(いま)?」
幸人は分かってて聞いた。『妹が居ました』と言う事から、少なくとも現時点で亜美の側には居ないだろう事を。
これは人の心の傷に踏み込む行為かもしれない。だが出来る事は話を聞く事のみ。
「妹は……美央はもう居ません」
そう何処か絞り出すように呟く。何時の間にか亜美は、幸人の隣へと腰かけていた。
少しでも何かにすがりたかったのだろう。あるいは今にも溢れそうな涙を、幸人には見せたくなかったのかもしれない。
「亡くなったんです……二年前に」
「そうでしたか……」
幸人としては予想の範囲内とはいえ、下手に口出しするのも憚れた。
どんな想いでこの事を打ち明けたのだろう。
同じく妹を失っている身として、幸人は亜美の気持ちが痛い程に分かった。
両親も他界し、唯一の家族である妹まで失い、亜美は天涯孤独の身。
幸人もそうだが真の孤独ではない。ジュウベエが常に居たし、現在は悠莉というかけがえのない家族が居る。
彼女に比べれば、改めて自分は恵まれていると思った。
「でも何故お亡くなりに?」
不慮の事故か何かだろうか。だがそれでは狂座との関連性が無い。
「自殺したんです……あの子」
「――っ!?」
亜美は己のジーンズの裾を、きつく握り締めながら断腸の思いで吐き出すその様に、幸人は軽率だった事を恥じた。
喉に引っ掛かって声が出せない。
事故死でもなく他殺でもなく――自殺だと。
自ら命を絶たねばならない、どんな理由が在ったというのか。だが流石にそれを聞く事は出来なかった。
「――丁度二年前のこの季節」
聞くまでもなく、亜美は語り始める。
「襲われたんです……」
その失うに至った理由を。
************
――今、亜美は一体どんな気持ちでこの事を話しているのだろう。彼女の苦しみは想像に難くない。
「…………」
幸人はただ、亜美の話を真摯に傾けている。
事の発端はこうだ。
亜美の妹である美央は、夕闇の下校中に何者かに襲われ、暴行を受けた。それも複数に。
亜美は認めたくないのか言葉を濁していたが、状況からそれが輪姦である事は容易に想像出来た。
妹の遅い帰宅。玄関に寄り添うようにもたれたその姿は、衣服がはだけ殆ど憔悴しきっていたという。
精神錯乱状態にあった美央は――三日後、自ら命を絶った。唯一の肉親である姉に別れの言葉も無いまま、何も語らないまま逝ってしまった。
妹を救えなかった亜美のその心境は、如何程のものだっただろうか。
当時の出来事は彼女の心に深い傷痕を残し、今尚それに縛られ、消える事なく続いている。
亜美は警察に届け出ているが、犯人は今尚――捕まっていない。
「――あの子はまだ高校生だったんですよ!」
行き場の無い亜美の慟哭は、両手で顔を覆いながら嗚咽へと変わっていく。
「これからもっと楽しい事が、明るい未来があの子にはあったのに!」
誰を責めている訳ではない。自分自身を責めているのだ。
“妹の死”
“未だに分からない、妹を凌辱した者”
“そして何より、妹を救えなかった自分自身への怒りが”
「…………」
こんな時、幸人には掛けてやる言葉が思い浮かばなかった。
どんな言葉で見繕っても、それは只の他人事で綺麗事でしかない。
なら出来る事は――最後まで話を聞く事のみ。
「何時まで経っても、あの子を凌辱した犯人の目星さえ掴めなかった時でした。私達ジャーナリストの間でも、その特異性から禁忌とされた都市伝説――狂座に着目したのは」
幸人の傍らで、亜美は何処か虚ろげに語り始めた。
幸人もそれが聞きたかった。それに至る前置きは当然として、これこそが本懐。
「どんな恨みも代行してくれるという、殺人代行サイト……」
亜美が狂座を追う発端となった、その本当の目的を――
「噂によれば、どんな恨みも晴らしてくれる。狙われた者は絶対に逃れられない。でも私の所には来なかった……」
これで大方把握出来た。
“亜美は妹の仇を討ちたい為に動いている”
だが仇が誰かは分からない。だから狂座の力を借りたい――と。
しかし、それでは疑問が残る。
亜美は狂座をジャーナリストとして調べている。そんな事をしたら、自分の身に危険が降りかかる可能性を考えなかったのだろうか。
「もし本当に狂座が在るなら、調べていけば向こうの方から来ると思いました。例えその対価が自分の“死”であろうと」
「…………」
“彼女は死ぬ事を全く恐れていない”
「私は狂座を糾弾したい訳じゃない。ただあの子の無念を晴らしたいだけなんです。その為には私がどうなろうと……」
これで合点がいった。寧ろ自分の命と引き換えに本懐を遂げられれば、彼女は本望なのだろう。
これまでの話から、その並々ならぬ決意は痛い程に伝わった。
ならこれ程の恨みと決意を持つ彼女の下に、狂座は何故アクセスへの鍵を導かなかったのだろうか。
アクセスへの基準は充分に満たしている筈。