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Side 樹
キーンコーンカーンコーン、とチャイムの音が鳴る。
「早く座れよー」
教卓の前に立った先生が生徒を急かす。
いつものように友達と喋っていた俺は、自席まで戻った。
面倒くさいな、と思いながらも教科書を出す。次の授業は数学だ。
ページを開くが、聞く気はない。
「ここの問題はグラフの式が重要で……」
まるで言っていることが呪文のようだ。
窓の外に視線を向ける。
校庭ではどこかのクラスが体育をしている。こんなつまらない授業より、身体を動かすほうが好きだった。
――少し前までは。
ふと隣の席に目をやる。ここが空いているから、窓側から2列目でも外の景色がよく見える。
新学期が始まってすぐくらいまではいただろうか。いつの間にか来なくなり、今も欠席している。
確か自己紹介では「京本」と言っていた。大人しそうな男子、という感じだった。
髪を茶色に染め、ピアスも開けている自分とは真反対だ。
そんなことを考えていると、急に胸に違和感が広がる。さっき薬を飲んだのに治っていない。
そっと押さえるが、だんだん息も苦しくなってきた。
もう無理だ。これが終わったら、行こうか。
やっと50分間が過ぎ、休憩時間になる。
薬のポーチを持って、途端にうるさくなる教室を抜けようとしたところ、仲の良いクラスメイトに呼び止められる。
「樹、ジュース買い行こうぜ!」
ごめん、と断る。「トイレ行ってくる」
えーと残念そうな顔をした。
無論、トイレなんていうのは嘘だ。
急ぎ足で廊下を歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。
「樹くん!」
振り返ると、向かいのクラスの女子が何人かいる。
小さく笑みを作った。
何度か声を掛けられたことがあるが、正直げんなりする。でも彼女たちは振り返っただけでキャーキャーと騒いでいる。
俺のどこに反応しているのだろうか、と思う。
階段を下り、向かった先は保健室だ。もう数回は行っている。今までは用なんてなかったのに。
しかしこれから何回もお世話になるだろう。
目的の扉をコンコンとノックしてから開ける。
はーい、とどこか間延びした養護教諭の声がして顔を見せた。
「田中くん。また苦しくなった?」
静かにうなずく。それだけで先生は奥のベッドへ通してくれる。
俺は最近、肥大型心筋症という心臓病がわかった。
部活でやっていたバスケもできなくなったし、体育もできない。しかも一日に何回もやってくる胸の痛みには慣れないし、嫌になる。
先生は「いつでも保健室においで」と優しく迎えてくれた。それが嬉しかった。
まあ、そのおかげで授業をサボれるのも嬉しい。
俺の定位置は、部屋のいちばん奥のベッド。だが、そこは今日はカーテンが引かれている。誰か先客がいるのだろうか。
その手前のベッドに上がり、仕切りを閉める。
大体、数十分横になっていると落ち着く。
何も考えず、無気力に身体をマットレスに預けていた。
しかし突然耳に届いたのは、「うっ」という短いうめき声。
隣のベッドからのようだ。
慌てて起き上がり、カーテンの隙間からのぞくと、男子が横たわっていて苦しげにシャツを掴んでいる。
俺は「先生!」と声を上げた。
すぐにぱたぱたと駆けてくる音がし、顔を見せる。
「苦しいね、ゆっくり息しよう」
先生が優しく背中をなでると、不思議と彼の表情は緩まった。
その顔にはわずかに見覚えがあった。
始業式のときしか見なかったが、良い顔立ちで印象に残っていた。
まさに隣の席だ。
「……京本?」
続く