コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
***
私にとって特別な一日は、本当に普段と違う始まりだった。
電車が大幅に遅延していたせいで、あれだけ早く家を出たのに、学校に着いた時にはSHRが終わりかけていた。
(「話がある」って、朝一番に言おうとしてたのに……)
遅れて席についた私は、脱力しつつ斜め前を見つめる。
(佐藤くん……)
勇気を振り絞る準備はできてたのに、思いっきり出鼻をくじかれてしまった。
だけどめげちゃだめだと自分に言い聞かせる。
なのに神様はイジワルだった。
今日に限って移動教室ばかりで、声をかけるタイミングを掴ませてくれない。
(あぁ、なんでなの……!)
あっという間に昼休みになり、私はお弁当を食べつつ佐藤くんの様子を窺う。
「……ねぇ、澪。
昨日のことなんだけどさ……」
私の視線に気付いた杏が、遠慮がちに口を開いた。
「うん、考えたんだけどね……。
昨日の返事、今日するつもりなんだ。
だけどなかなか話すタイミングが掴めなくって」
困ったように笑うと、杏は眉を下げたまま尋ねた。
「澪はさ……佐藤くんが好きなの?」
その問いに急に頬が熱くなった。
実は杏とコイバナをしたことがない。
杏も話さなかったし、私も照れくさくて言えなかった。
ほかのことならなんでも話せるのに、どうしていいかわからず真っ赤な顔で頷けば、杏は「そうだったんだ」と笑う。
「そっかぁ……。よかったね」
その時チャイムが鳴り、杏はお弁当を片付けて席を立った。
「ありがとう」と言った私は、頬を押さえつつ佐藤くんに目を戻した。
彼は友達と話をしている。
このまま手をこまねいていたら、すぐに放課後になるのは目に見えていた。
私は迷った挙句、5時間目が始まる直前にメモを渡した。
《放課後、少しだけ時間をください》
それを読んだ佐藤くんは、怪訝な顔で私を見る。
だけど「いいよ」と頷き、「中庭で待ち合わせよう」と言った。
(……えっ)
あまりにも普段通りの反応に、私は拍子抜けした。
(もしかして、緊張しているのは私だけ?)
私は目が合うだけで心臓が飛び出そうなのに、佐藤くんはそうでもないらしい。
(それならやっぱり、明るく笑顔で、だよね)
重たい空気になるより、絶対そっちのほうがいい。
(よしっ)
ここまできたら前進するのみだ。
もう一度気合いを入れなおした私は、気もそぞろに残りの授業を受けた。
それから数時間後、HRが終わるとすぐ杏と目が合った。
(杏……)
その瞬間、ふっと逃げたい自分が顔を出した。
本当は「怖い」と言って、杏に泣きつきたい。
だけど絶対に笑顔を崩さない決めたから、私は笑って手を振った。
杏も笑って手を振り返してくれた。
口をパクパクさせて、「がんばって」と言ってくれる。
「……ありがとう、杏」
やっぱり持つべきものは親友だ。
なによりも心強いエールに、しぼんでしまいそうな勇気が膨らんだ。
私は心からの笑顔を向けて、中庭に向かう。
中庭は体育館と校舎の間にあるからか、普段人がいない。
案の定だれの姿もなく、私は木陰に入って何度も深呼吸した。
「広瀬、どうかした?」
その時、佐藤くんの声がした。
振り向くと佐藤くんが近付いてくるところで、心の準備ができていない私は、鼓動が痛いくらい騒いだ。
臆病風に吹かれそうになるけど、どうにかして微笑む。
(大丈夫、大丈夫)
覚悟を決めたんだから、ちゃんと言える。
私は自分に言い聞かせて、佐藤くんの目を見つめた。