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みら

259
comi
1,839
朝起きたら、大智になっていた。
正確には。
仁人の中身が、大智になっていた。
そして当然のように、大智の中には仁人がいた。
「……最悪。」
自分の顔でそう呟かれるのは、なかなか腹が立つ。
「それ俺の顔で言わんといてくれる?」
「うるさい。こっちの台詞だよ。」
「いやいや、俺かて好きで仁人になったわけちゃうし。」
鏡の前には、いつもの大智。
その隣には、いつもの仁人。
見た目だけなら、何もおかしくない。
ただし中身だけが、綺麗に入れ替わっている。
問題は今日も仕事があるということだった。
休む理由も思いつかない。
何より、こんなことを説明したところで信じてもらえる気もしない。
「……黙っとく?」
大智の姿をした仁人が言った。
「いける?」
「いけるだろ。何年一緒にいると思ってんの。」
「まぁ、仁人の真似くらい余裕やけど。」
「俺だってお前くらいできる。」
「なんか腹立つな。」
「こっちの台詞。」
そうして二人は、それぞれ本人として仕事へ向かった。
結果から言えば。
案外、なんとかなった。
大智の姿をした仁人は、普段より少し声を張り、よく笑った。
仁人の姿をした大智は、少し口数を減らし、周りへのツッコミを増やした。
長年、同じグループでやってきた。
癖も。
話し方も。
どんな時にどんな反応をするかも。
嫌というほど知っている。
だから、柔太郎も舜太も気づかなかった。
そして。
勇斗も、気づかなかった。
(よし。)
仁人の姿をした大智は、内心で小さくガッツポーズをした。
なんや。
余裕やん。
むしろ、ちょっと楽しくなってきた。
いつまでバレずにいけるか。
そんなことまで考え始めていた。
――その時までは。
仕事が終わり、楽屋から一人、また一人と出ていく。
柔太郎も舜太も先に帰り、本物の仁人――今は大智の姿をしている――もマネージャーに呼ばれて部屋を出ていった。
残ったのは。
勇斗と。
仁人の姿をした大智。
「……。」
「……。」
別に珍しくもない。
メンバーと二人きりになることなんて、いくらでもある。
大智は何の警戒もせず、スマホを眺めていた。
すると。
「仁人。」
「何?」
本人らしく返事をする。
その直後。
ぽすん。
隣のソファが沈んだ。
「……?」
顔を上げる。
勇斗がいる。
近い。
「……え。」
さっきまで向こうの椅子に座っていたはずなのに。
いつの間にか、すぐ隣。
しかも。
なんだ。
なんか。
――顔が違う。
いや、顔は同じだ。
当然だ。
佐野勇斗の顔だ。
なのに。
さっきまでみんなと喋っていた時とは、明らかに雰囲気が違う。
柔らかい。
というか。
甘い。
「疲れた?」
そう言いながら、勇斗が大智の頭へ手を伸ばしてきた。
「ひっ。」
反射的に避けた。
勇斗の手が宙で止まる。
「……何?」
「いや。」
「……。」
「……。」
まずい。
大智は慌てて姿勢を戻した。
「なんでもない。」
仁人なら。
仁人ならどうする。
たぶん、このくらいでは避けない。
知らんけど。
勇斗が不思議そうに見つめている。
「今日ちょっと変じゃない?」
「気のせい。」
「そう?」
「そう。」
危ない。
もっとちゃんと仁人にならなければ。
そう思った直後。
「じゃあ。」
勇斗がまた近づいてきた。
「……なに。」
「充電。」
「は?」
次の瞬間。
肩に頭を乗せられた。
「…………。」
大智は固まった。
え。
何。
何してんの、この人。
「……佐野さん?」
思わず素が出た。
「ん?」
勇斗は気にした様子もなく、さらに身体を預けてくる。
「ちょ、ちょっと。」
「何?」
「近い近い近い。」
「今さら?」
「今さら!?」
何が今さらなんだ。
大智の頭の中で警報が鳴り始める。
おかしい。
これは絶対におかしい。
メンバー同士の距離感じゃない。
いや。
百歩譲って、肩に頭くらいならあるかもしれない。
しかし。
勇斗が顔を上げた。
その顔が。
近づいてくる。
「――ひぃっ!!」
大智はソファの端まで逃げた。
勇斗が止まった。
「…………。」
大智も止まった。
「…………。」
「…………。」
長い沈黙。
勇斗が眉を寄せる。
「……仁人?」
低い声。
さっきまでとは違う。
大智は背筋を伸ばした。
「な、なに。」
「お前。」
じっと顔を見られる。
「今日、本当にどうした?」
まずい。
バレる。
けれど大智には、それ以上に気になることがあった。
恐る恐る聞く。
「……佐野さん。」
「だから何。」
「今……何しようとしたん?」
「は?」
勇斗が本気で意味が分からないという顔をする。
そして。
「キスだけど。」
「…………。」
「…………。」
大智の頭が停止した。
キス。
誰と。
佐野さんが。
仁人に。
「…………は?」
「何、その反応。」
いやいやいやいや。
待って。
聞いてない。
そんな話。
一回も。
「……佐野さん。」
「うん。」
「仁人と……キスするん?」
「…………。」
今度は勇斗が止まった。
大智も止まった。
そして。
二人同時に何かを察した。
「…………誰?」
勇斗の声が一気に低くなる。
大智は引きつった笑顔を浮かべた。
「…………だいちゃんです。」
「は?」
「中身、塩﨑大智です。」
「…………。」
「…………。」
勇斗の顔から血の気が引いた。
大智は反対に、みるみる顔を輝かせた。
「えっ。」
「待て。」
「えっ、ちょっと待って。」
「大智。」
「佐野さんと仁人って――」
「待てって。」
「付き合ってんの!?」
楽屋中に響いた。
そして数秒後。
廊下から、ものすごい勢いで足音が近づいてきた。
バンッ。
「おい!!」
入ってきたのは、大智の姿をした仁人だった。
「今、俺の声で何叫んだ!?」
「じんちゃん!!」
「その顔でじんちゃんって呼ぶな!気持ち悪い!」
大智は立ち上がった。
今までの入れ替わりなんて、もうどうでもよかった。
「お前、佐野さんと付き合ってんの!?」
仁人の顔が。
固まった。
「…………。」
勇斗が天井を仰いだ。
仁人はゆっくり勇斗を見る。
「……お前。」
「俺じゃない。」
「お前だろ。」
「俺は被害者。」
「何した。」
「何もしてない。」
「嘘つけ。」
「キスしようとしただけ。」
「してんじゃねぇか!!」
大智は思った。
今日一番の事件は。
自分と仁人が入れ替わったことではなかったらしい。
コメント
2件
メンバーに突然キスされそうになる💙さん。笑 めっちゃ面白かったです! 続き楽しみにしてます!
わあ、めっちゃ面白かったです!😆 入れ替わりものって設定説明がくどくなりがちなのに、冒頭からテンポ良くて一気に引き込まれました。特に「キスだけど」からの流れ、大智くんのパニックっぷりが可愛くて思わず笑いました(笑)。そして最後の仁人くんのツッコミ「してんじゃねぇか!!」で全部持っていかれました。勇斗くんと仁人くんの関係、気になります…次話が待ち遠しいです!